第13話 仔猫を飼ってるお姉さんこと、プロの夜職お姉さん

文字数 1,731文字

 熱帯魚を飼っている私は、暇さえ有ればアクアリウムショップ(熱帯魚屋さん)に出向く。
 例に漏れず先週も何時もの店に行った。
 そこで凄く珍しい人を見たのである。
 一目で夜職のお姉さんと分かる女性が、水槽の前で熱帯魚の泳ぐ様を見詰めていたのだ。
 着けているマスクもキラキラのお洒落マスクで、ドレスではないにしても服装から目元のメーク迄何ともド派手なお姉さんなのだ。
 うーん。
 こう言う趣味があるとは、夜職の女性にしては珍しいな、と、感心した。
 大体夜職のお姉さんと言えば、チワワかトイプードルと相場が決まっている。
 それに引き換えグリーンスマトラ(インドネシア原産の熱帯魚)を見詰める彼女は、何と繊細な心の持ち主なのか。
 心洗われる気がした。
 これからは夜職のお姉さんに悪いイメージを抱くのは止めよう、と、思った矢先のこと。
 かなり太めで眼鏡の男性が、その夜職のお姉さんの横にやって来て、「可愛いでしょ、これインドネシア原産のグリーンスマトラって言うんだよ」、と。
 嗚呼、せっかくイメージを膨らませていたのにぃ、やはりこれは・・・・・。
 恐らくはその夜職のお姉さんの店のお客なのであろう。
 時刻は夜8時になろうかと言う処。
 同伴出勤には丁度良い時間かも知れないが、しかし緊急事態宣言下の今の東京で営業してるキャバクラってあるの?
 と、疑問に感じた私ではあったが、直後論理的にその疑問を解決する推理を導き出した。
 それは「昼キャバ」、と、言われている午前中から夕方まで営業する店のお姉さんとお客であったりとか、「ギャラ飲みアプリ」と言うアプリを通じて知り合った二人ではないのか?
 と、言う事。
 何となれば連れの男性が年齢こそ私より少し若いだろうが、単なる太った親爺なのである。
 マスク越しにもイケメンではない。
 兎に角カップルで無い事だけは確かだ。
 まあ、接客を伴う飲食店は午後8時迄しか営業出来ないのだから、夜職のお姉さんも何処かで収入を得ないと飢え死にしてしまう。
 この時期の事だ。
 そう言った経済活動も必要だろう。 

 で、途中の話は飛ばすが、やがて事もあろうかその連れの男性が熱帯魚屋さんで、夜職のお姉さんに下心を露呈し始めたのだ。
「もし欲しいならこれ買ったげるよ。後、部屋に水槽の設置するのも僕がしてあげる」、と、熱帯魚を利用して、お姉さんの部屋に入ろうと画策しているではないか。
 危うしお姉さん!
 と、思ったのだが、流石はプロだ。
 彼女の返事が奮っていた。
「うれしい。でもね、うちミィちゃんがいるから熱帯魚は飼えないの」、と。
 マスクの上で眼を白黒さす連れの男性。
「見ぃちゃんて、えっ、まさか・・・・・娘さんが居るって事?」
 そう連れの男性に訊き返され、軽く肩に触れボディタッチ攻撃に出るお姉さん。
「違うよぉ。仔猫ちゃんだよぉ」、と。
 そしてお姉さんのその言葉の後、連れの男性と二人笑い合っていた。

 しかーしである。
 絶対にそんなものは嘘っぱちだ!
 今どき猫に「ミィちゃん」とか名前付ける奴なんていねえわ!
 と、私は胸中に呟いた。
 それに本当に飼ってるなら、仔猫ちゃんじゃなく、「ヒマラヤン」とか「アメショー」とか種類言うだろうが。
 嘘だよ、それ全部。
 部屋へ来ささない上手い言い訳だよ。
 って、まさか連れの男性騙されてないよな。
 と、不安になったのだが、やはり私の不安は的中した。
 マスクの上で眼鏡越しにも分かったのだ。
 チラと見た男性の眼が微笑んでいる事が。
 直後応じた男性の声は殊の外弾んでいた。
「何だぁ、そっかぁ。びっくりしたなぁもう」
 男性がそう言うとお姉さんは、彼の腕に自身の腕を絡ませながら言い放った。
「それよりご飯食べに行こう」
 まんまと策に嵌った連れの男性は、「うん」
、と、肯くと、振り返る事もなくそのアクアリウムショップを後にしたのだった。
 正に赤子の手を捻るとは、こう言う事を言うのだろう。 

 恐るべしプロの夜職お姉さん!

 恐らくあの後男性は食事代を出さされた挙げ句、その他にも色々と搾り取られた事だろう。
 やはり愛情を注ぐのは、金銭の対価を求めない熱帯魚だけにしておくべきだ。
 と、世の男性には恐惶謹言させて戴く。
 勿論自分自身にも。
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