第92話 ケアレスミスのお母さんこと、半泣きで去って行ったお母さん

文字数 1,095文字

 今日の事である。  
 何時ものように新宿の百貨店にタイムセールの弁当を買いに行ったのだが、今日は弁当コーナーでは無く惣菜コーナーへと出向いた。  
 某有名店のポークローストがどうしても食べたくなったからである。
 タイムセール時はワンコインで買えるのだ。
 で、あるからして、今日は惣菜コーナーへ。

 すると惣菜コーナーに20代と思しきお母さんに手を引かれた、幼稚園に上がったくらいの男の子が居た。
 ぬいぐるみを手にして、何やら良からぬ事を大声で言い出した男の子。

「キン○まらんたろう!」、と。

 どうやら手にしていたぬいぐるみの人形は、「忍たま乱太郎」のものらしい。
 恐らく男の子は、自分が言っている事の意味は分かっていた筈。  
 何となれば言い終わった後、マスク越しにも男の子の目許は笑っていたからだ。
 するとお母さんは男の子の手を自分の方に引き寄せ、中腰になって迄諭し始めた。

「○○君、違うでしょ!
 に・ん・た・までしょ。
 忍たま乱太郎のお人形なの、これは。
 何でそんな恥ずかしい事を言うの。
 ママ怒るわよ!」

 本気のお母さんとは対照的に、マスクの上の目許が笑っている男の子。

「はーい。
 じゃあ、チン○まらんたろう!
 チン○ま〜!」

 そう言って尚もゲラゲラ笑う男の子の両肩を抑え、お母さんはマスクの上の目許を吊り上がらせている。
 怒りが脳天迄込み上げていたのだろう。
 それも我を忘れる程に。
 と、お母さんはついケアレスミスをした。

「いい加減になさい!
 本気で怒るわよ。
 何度も言わせないで、違うでしょ!
 これは、キン○ま乱太郎なの!」 

 直後私が、「ゲッ、マジで」、と、胸中に声を上げた事は言う迄も無い。
 男の子もまた瞠目を禁じ得ずに言い放った。

「え〜っ、ママがキン○まって言ったぁ。
 忍たまだよ、これ。
 忍たま乱太郎!」

 私を始め周辺に居たマダムも若奥さまも御夫婦も、果ては販売員でさえも、皆が皆必至で笑いを堪えているのが見て取れた。
 可哀想なのはお母さんである。
 やがてお母さんは涙混じりに言い放った。

「やだっ、もう。
 いいから、行くわよ!」

 周囲には苦し紛れの笑顔を振り撒き、何も買わずに半泣きで去って行くお母さんの背中が、私には何とも切なかった。
 が、お母さんと共に去って行った息子は、唯一人去り際迄ゲラゲラと笑っていたのである。
 果たして彼は天使なのか、悪魔なのか。
  
 と、ここで一つ。
 言い慣れない場合、大人は無闇にちびっ子の人気キャラクターを口にしない方が良い。
 キン○ま乱太郎も、チン○ま乱太郎も、正解とは一字違いで大違いなのである、と、恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。

 


 
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