第56話 お洒落マスク男子こと、そうじゃなかった男子

文字数 1,192文字

 先日新宿を歩いていた時の事、直ぐ横の車道を走る自転車の男が奇声を上げた。
 文字にすると「キェーッ」、と、言う処か。
 別にその男が何をしたと言う訳ではない。
 単に衆目を集めんが為だったように思う。
 そのまま自転車で去って行った。
 良くある話である。
 畢竟一瞬だけ周囲の人達の視線はその自転車の男に集まるが、それも良く有る話。
 と、思ったのだが、向こうからやって来る20代と思しき女性達の視線だけが、ほんの少しズレているのだ。
 ん?
 何故に、で、何処に。
 と、その視線の先を辿ると、高身長でスタイル抜群のしかも結構なお洒落男子を発見。 

 恐らく自転車の奇声の男と偶然にも同じ方向に居たそのお洒落男子が、歩いて来る女性達の眼に止まったのであろう。
 マスク越しにもイケメンである事は想像に難くないお洒落男子。
 歩いて来る若い女性達の視線を悉く自分に向けさせるのだから、さぞイケメンなのだろう。
 納得した私はわざわざ振り返った甲斐が有った、と、前を向こうとしたその時であった。
 そのイケメン君が、一瞬マスクを取る素振りを見せたのである。
 それならやはり顔を見ないと。
 と、直後私は歩道の端に寄って、再度振り返りイケメン君の顔を拝見。

 ん?
 あれ、あ〜、そう言う感じだった。
 そっちねぇ。
 マスクそのままで良かったかも〜。

 と、そう思って前を向くと同時に、そんな私の思いを肯定するかのように、向こうから歩いて来た二人組の女性の内の一人が、そのお洒落男子を見た途端に視線を逸らせ、もう一人の女性が嘆息を吐き出したのである。
 その後ろからやって来た女性達も、ほぼ同じようにマスクを取ったイケメンのお洒落男子、否、イケメンではないかもなお洒落男子を一瞥しては、残念そうに視線を逸らせて行った。
 
 その場を離れた私は、これってコロナ禍でなければ起きない椿事だよなぁ、と、思いつつ歩いていたのだが、良く良く考えるとあのイケメンに間違われたお洒落男子は何も悪い事をしていないのではないか、と。  
 そう思い到った。
 それより酷いのはあの女性達ではないか。
 勝手に盛り上がった癖にイケメンじゃなかったからと言って、まるで彼に裏切られたかのようなあの反応である。
 うーん。
 と、そこで、休業前の職場で同僚の女性が言っていた事を思い出したのだ。

「結婚する前は内の旦那髪の毛フサフサだったんだけどさ、旦那が禿げ出した頃に思った訳。
 何か裏切られたって言うか、騙された感じ」

 その感覚なのだろうか。
 さっきの女性達の反応は。
 まぁ、何れにしても言える事は、女性達は男共に過度の期待を抱かない事、また男共は過度な期待を女性に抱かせないよう心掛けるべきである、と、言う事。
 とは言えこのコロナ禍である。
 マスクだけはしっかりとして戴きたい。
 たとえどんな副作用が有るとしてもだ、と、重ねて恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。


 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み