第80話 奇麗系お姉こと、超美形な女性?

文字数 2,217文字

 今日の事久し振りに派遣の事務仕事が有り、夜8時頃だったか復路新宿に立ち寄った。
 何でも良いから腹に入れたい、と、空腹に耐え切れなかったのである。
 これが緊急事態宣言下なら殆どの店が閉店になっていた処だ。
 たった1時間とは言え我々バイトをしないと食べていけない貧乏人に取って、緊急事態宣言の解除に因って齎された営業時間延長は、真に有り難い限りである。
 何とか飢えずに済んだ。
 テイクアウトと言っても自宅迄我慢出来ない時も有る。
 そんな時にワンコインで食事が出来るファストフードの存在は、正に地獄に仏なのだ。 

 そうして空腹状態でファストフード店に駆け込んだ私は、その後満腹状態に立ち戻り何とも幸せな気分で新宿の街を歩いていたのだが、その際3人組の「女性」ならぬ3人組の「お姉」達と擦れ違った。
 向って左端にはミニスカートの「女性」にしか見えない「奇麗系お姉」が、真ん中には見た目「男性」にしか見えないスキニーパンツ姿の「男性系お姉」が、向って右端にはメイクこそしているものの、ウイッグを被った「お姉」にしか見えない「お姉系お姉」が歩いていた。
 3人共マスクで顔こそ見えないが、一人を除けば一目で「お姉」だと分かる。

 その擦れ違いざま私は一瞬、ハッ、と、なって立ち止まったのである。  
 と、言うのも、以前「女性」3人組で立てた私の仮説が、ひょっとすると「お姉」でも通用するのではないか、と、言う事に気付いてしまったからなのだ。
 以前「お姉」ではなく「女性」の3人組が街を歩いていた場合、真ん中を歩く女性が必ずと言って良い程ロングスカートかパンツなのだ、と、書いた事が有った。
 それにショートパンツやミニスカート等の主張の強そうな女性は、右か左かは別にして必ず端っこを歩いており、真ん中を歩く女性が目配りの出来る調整役で、歩きながらも謂わば司会進行役を務めているのではないか、とも。
 そうなのである。
 中々難しい3人組の関係ではあっても、目配りの出来る調整役が1人居ると関係維持はスムーズに行くらしく、3人が其々と親密に仲が良いと言うのではなく、1人が他の2人の間に立ち調整役に徹する事で、関係に偏りが無くなり3人のバランスが取れると言う説が有り、前回そうした説を「女性」で証明して見せた私なのであった。
 それを今回「お姉」でも証明出来るかも知れないのだ。

 これは俄然面白くなってきたぞ、と、感慨一入な私だったが、同時に或る疑念に捉われた。
 それはひょっとして一人でも本物の「女性」が混ざっていれば、それを「お姉」3人組とは言え無いのではないか、と、言う疑念である。
 そうなのだ。
 私がてっきり「お姉」3人組と思っていた3人の内向って左端の「お姉」が、余りにも奇麗な「お姉」だったので、或いは本物の「女性」では無いかと言う疑念に駆られたのである。
 そこで私は踵を返し、その「お姉」3人組の後を付ける事にした。
 私は声さえ聴けば「奇麗系お姉」が本物の「女性」なのか、或いは「お姉」なのかどうかはっきりするだろうと考えたのである。
 後ろから見ても「奇麗系お姉」は明らかに他の二人と違って、「女性」にしか見えない。
 最早声を聴くしか無いのであるが、他の明らかな「お姉」がやたらと喧しく、肝心の「奇麗系お姉」が口を開かないのだ。

 しかし声は聴けなかったものの途中マスクを着け直したかったのか、「奇麗系お姉」は立ち止まって一度マスクを外したのである。
 刹那チラと垣間見えたその面差しは、何とも美しく想像以上の超美形だった。
 やはり本物の「女性」だったのである。
 私は「お姉3人組」と「女性3人組」に同じ理論を適用出来るとしたかったのが、その事は後日になるなぁ、と、思ったその時。
 電話が入ったようで、「超美形の女性」はスマホを手に取り耳に当てた。
 漸く声が聴けるが、しかし最早遅くに失した感がある。
 幾ら可愛い声であっても今更「女性」の声を聴いた処で、3人組理論の適用にはならない。
 そろそろ帰るか、と、踵を返し掛けた刹那の事野太い声で、「もしもし、じゃあ今から行くから」、と、スマホに吹き込むのが聴こえた。

 その声を聴いた直後、「ゲッ、マジで」、と、私は呆気に取られ、得も言われぬ喪失感と充足感の両方に全身を包み込まれた。
 そうしてその刹那硬直し棒立ちとなった。
 そうなのである。
 何と「超美形の女性」、否、ではなく、「超美形のお姉」は、何と「女性」ではなく「お姉」だったのだ。
 その上その声が知っている男性の声にそっくりだったので、衝撃が倍増したのである。
 有ろう事か今休業している職場の直属の上司である係長の声に、瓜二つだったのだ。
 別にお世辞で言っている訳ではないのたが、その係長と言うのが男気の有る上司で、信頼が置ける男なのだ。
 だからこそその職場に長く居れるのである。
 とは言え彼は正真正銘の「オッサン」だ。
 その時私は、「何でそんなに奇麗な顔してるのに、声が係長な訳!」、と、胸中で叫んだ事は言う迄も無い。
 
 私は今このエピソードを書きながら、3人組の真ん中を歩く人はそれが「女性」であっても「お姉」であっても、調整役の司会者であるとの証明を果たせた事に満足している。
 が、何とも複雑な心境なのだ。

 ここで一つ。
 例え絶世の美女を見掛けても、声を聴く迄勝手な妄想は止めた方が身の為だと、皆様方には恐惶謹言させて戴く。
 かしこ。
 
 

 
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