森山智仁

文字数 564文字

サービス残業を終えて午後九時。

プツンと糸が切れたみたいに、仕事も人間関係も何もかもが嫌になって、俺は至極あっさりと屋上のフェンスを乗り越えた。


自殺なんて案外こんなものかもしれないな。

変に思い悩まなくて済んだな。

麻痺してただけかもしれんけど。


十階建てだから高さは十分だろ。

さて、行くか。


と、その時、背後から若い女の声。

「だめです!」

あらら、見つかっちゃった。


振り返ると、知らない顔だった。

よその部署か。


「そんなところから飛び降りるなんて、自殺行為です!」

「……」


???

な、何言ってんだこいつ?

自殺行為っていうか自殺しようとしてるんだけど……


「見てください、この満天の星空を! まるでプラネタリウムみたいじゃないですか?」


本物の星空をプラネタリウムに喩えるのおかしいだろ。

しかも都会だからそんなに見えないし……


「世界はこんなにも美しいんです。よく言うでしょう? 渡る世間は鬼ばかり、って」


それ橋田壽賀子やん。

元は「鬼は無し」だけど……


「お願いです。もうちょっと生きてみてください」

「……あんた、どこの部署?」

「広報です」


マジか。

こんなブッ壊れた日本語を使う奴に広報なんか任せられるか。

とりあえずこいつを何とかしてから死のう。


フェンスの向こう側に戻ると、女がにへへーっと笑った。

かわいいけど言葉がおかしいのは許さんぞ。


(作=森山智仁)

2018/05/12 21:56

moriyamatomohito

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