三題噺のお部屋
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サービス残業を終えて午後九時。
プツンと糸が切れたみたいに、仕事も人間関係も何もかもが嫌になって、俺は至極あっさりと屋上のフェンスを乗り越えた。
自殺なんて案外こんなものかもしれないな。
変に思い悩まなくて済んだな。
麻痺してただけかもしれんけど。
十階建てだから高さは十分だろ。
さて、行くか。
と、その時、背後から若い女の声。
「だめです!」
あらら、見つかっちゃった。
振り返ると、知らない顔だった。
よその部署か。
「そんなところから飛び降りるなんて、自殺行為です!」
「……」
???
な、何言ってんだこいつ?
自殺行為っていうか自殺しようとしてるんだけど……
「見てください、この満天の星空を! まるでプラネタリウムみたいじゃないですか?」
本物の星空をプラネタリウムに喩えるのおかしいだろ。
しかも都会だからそんなに見えないし……
「世界はこんなにも美しいんです。よく言うでしょう? 渡る世間は鬼ばかり、って」
それ橋田壽賀子やん。
元は「鬼は無し」だけど……
「お願いです。もうちょっと生きてみてください」
「……あんた、どこの部署?」
「広報です」
マジか。
こんなブッ壊れた日本語を使う奴に広報なんか任せられるか。
とりあえずこいつを何とかしてから死のう。
フェンスの向こう側に戻ると、女がにへへーっと笑った。
かわいいけど言葉がおかしいのは許さんぞ。
(作=森山智仁)
moriyamatomohito
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