『巻き込まれお茶会』
ストリートを行きかう人々を横目に、私はオープンカフェのテラス席でひとりダージリンティーを飲んでいる。
街の喧騒すらもBGMになるようなこの優雅なひと時。今日はこれから何をしようかなどをのんびりと考えている。
そんな穏やかな時を過ごしていると、空いていた隣の席にひとりの女性が座った。
その女性は右足を少し引きずってかばうようにして歩いている。足が不自由なのだろうか。少し気になりながらも、私は失礼にあたるのであまりそのことを考えないように、ダージリンティーを一口すすった。
しかしつい気になってしまい、横目で彼女を見てしまう。彼女は時折、スマホを見ながらあたりを見回している。
誰かと待ち合わせをしているのかもしれない。その証拠にまだ何も注文をしていない。今の時間は15時13分。待ち合わせをしているとしたら、15時ころだろうか。
だとしたら待ち合わせの相手は時間に遅れているのだろう。女性の表情からは少しのいら立ちが見えた。
女性がもう席を立とうとしているそのとき、息を切らせて男が走ってきた。
「ごめんごめん。遅くなっちゃったよ~。ははは。待ったかい?」
男はほとんど悪びれる様子もなくへらへらしている。その顔を見て、女性の怒りはピークに達したようだ。
「待ったよ! 別に遅れるのはいいけど、連絡くらいしてよ! 呼び出したのはそっちでしょ? ただでさえ歩くの大変なんだから! もういい。帰る!」
女性は右足を引きずりながら、店を出ようとした。少し見えてしまったが、女性の右足はどうやら義足のようだ。
「ま、待ってくれ、真奈美。ごめん。僕が悪かったから。実はこの準備をしていて遅れたんだ」
男はそう言って、何本あるかもわからない薔薇の花を手渡した。それをみた真奈美と呼ばれた女性は少し冷めたような目になる。
「なにこれ。何本あるの?」
「数えてみるといい。そうだ。数が多いから手伝ってもらおう。そこのひとりで紅茶を飲んでいる君。薔薇を数えるのを手伝ってくれないか」
と男は私にいきなり声をかけてきた。
「え! わ、私!?」
「ああ。君だけじゃない。そこにいるあなたもあなたも、手伝ってくれ。もちろん礼はさせてもらうさ」
私以外にも、そのテラス席で飲んでいた客数名が巻き込まれた。
全員、何でこんなことをしなくてはいけないのだと文句を言いながらも、薔薇の花を数えていた。
真奈美さんは申し訳なさそうにチラチラと周りをみながら、薔薇を数えている。
しばらくして、それぞれがなんとか数えた薔薇の数を合計した。薔薇の本数の合計は999本だ。
「どうだい?」
「どうだい? って言われても。どういうこと?」
待ち合わせの時間に遅れられて、さらにこんな恥をかかされてしまった真奈美さんは怒りを通り越してすでに呆れているように見える。
「999本の薔薇には、『何度生まれ変わってもあなたを愛する』という意味があるのさ。これが僕の気持ちだよ」
男のその言葉の後、周りは女性の返事を待ち、しばしの沈黙が流れた。
女性はにっこりと微笑んで、薔薇を男に突き返しながら言う。
「回りくどいし、やり方が気持ち悪い。もう私に近づいてこないで」
女性はまた、右足を引きずりながらカフェを出る。あたりには沈黙だけが流れた。
「え……? なんでだ? 昨日の夜一生懸命考えたのに」
男のその言葉の後、その日初めて会ったはずの客全員と、成り行きを見守っていた、本来丁寧な対応をしなくてはいけない店員。その場にいた全員の言葉がそろった。
「そりゃそうだよ!」
そのあとは、薔薇を数える礼をするという男に全員でたかって飲み物をおごらせて、ちょっとしたお茶会になった。