エリート留学生セイウチ 文化振興社
「今日からセイウチのバイトが入るんで、南さんよろしく」
バイト先のいつものコンビニで、いつも適当なバイトリーダーからそう言われた時、私はああ、またコイツは適当な事を言いやがって、その程度にしか受け止めなかず、そしてその日を境に考えを改める羽目になったのだ。リーダーも、たまにはホントの事を言うのだと。
「アリガトー、ゴザマース」
片言の日本語を話してレジ接客をするセイウチ、そんな光景を見て認識を変えられない人など、この世にいるのだろうか。それも自分のすぐ隣で。
「ああ、またなセイウチ」
大した驚きも無く去っていく常連を見ていて、自分の方がおかしいのではないかと考えて当然だと私は思う。このセイウチ、いや、セイウチらしきものを見て、人々はなぜこうもすぐに受け入れてしまうのだ。
顔や図体がまごう事なきセイウチの彼は、手はヒレでも足は図太い短足であり、もうセイウチですらない存在なのだ。それでいて大学生で修士課程を目指し、ヒレで器用に作業をこなすわ、日本語は漫画で覚えるわ。何だコイツはハイスペックすぎる。人間でフリーターの私に対する神の嫌味か。
「センパイ、ヒマデスネェ」
「え、ああ、うん……それも仕事だし」
セイウチに話し掛けられて私は、死にかけの注意力に喝を入れる。危ない危ない、これでバイトも満足にこなせないようでは人間の名折れだ。気を付けんと。
「ヒマデス」
「……もうちょっとしたら仕事が来るから」
そして仕事の時間はすぐにやって来た。だが本来予定していた仕事ではない、弁当を持ったいかにもチンピラな男が一人、喚きながら店内に突入してくる急ぎの仕事だった。
「だってめコラァ……」
セイウチを見てトーンダウンしたチンピラは、私の方に向き直って吠えたてた。
「ふざっけんじゃね、コラァ!」
「な、何でしょうか?」
私の返しもどうかと思うが、とかく怒りが収まらんらしいチンピラは、カウンターの上に弁当を叩き付ける。ウチのコンビニで買ったらしい、消費期限が五日前の弁当を。
「買ったら腐ってんだよォ、返金と交換だコラ!」
「いやぁ……五日前の商品というのはちょっと……」
「んだとォ!」
「ひっ!」
チンピラが拳骨を振り上げ私が顔を伏せた瞬間――
「……オイコラァ」
傍観していたセイウチはチンピラを両手(ヒレ?)で抱え込むと、そのまま一気に丸のみにしてしまう。驚く私の前でチンピラは吸い込まれ、セイウチの腹の中でしばらく暴れると静かになった。頃合いを見図り、セイウチはえずき出すとさっき吸い込んだチンピラをお店の床にぶちまける。
「ひえぇぇぇ!」
ぶちまけられたチンピラが体についたヌルヌルで足を滑らせながら退散するのを見て、セイウチが一言、
「もう二度と、悪さ出来ないねえ」
色々と限界で自分もぶちまけそうだった私は、取り敢えず、日本語をその漫画で覚えるのは止めて欲しいと思った。