ヤドナシ

文字数 686文字

『中にいた奴』
 ヤドナシ

最初は誰かの悪戯だと思った。こっちが休憩している隙に、先輩たちの誰かが着ぐるみに入って俺になりすまし、からかってきたんだろうと。

だが、どうやら先輩たちじゃない。イベントを見にきた子どもたちへカーネーションを配るクマは、明らかに中身とサイズが合っていない。動くたびにクテン、クテンと首や手足が揺れている。先輩たちの体格なら、あんなことにはならない。

じゃあ誰だ? そもそも、午前中動き続けて熱気ムンムンの着ぐるみに、俺でも匂いがきつかったあの中に、わざわざ潜り込んで悪戯なんてしようとするか? 体温計をさしたらゆうに40度は超えていそうな地獄だぞ?

しかも、不気味な動きで子どもたちへカーネーションを配る姿が受けているのか、だんだんと人だかりもできている。こんな目立つことするなんて、相当な神経の持ち主だ。

そろそろ、中身の人間と替わらないと店長が戻ってきてしまう。俺も怒られるのは御免だから、後ろから近づいて咳払いし、クテクテのクマを引っ張っていく。嫌に軽い。中にいる人間は、もしかしたら子どもかもしれない。

「なあ、怒らないから出てこい……けっこうきついだろ、その中?」

返事はない。「ム…リ…」とでも言うように、クテンクテンと首が動く。ため息をついて、俺は無理矢理ファスナーを開いた。

「えっ……」

着ぐるみはその場で崩れ落ちた。片手に持っていたカーネーションがバサッと散らばる。中には誰も入っていない。熱気が満ちているはずの中身から冷んやりした空気が漏れ出てくる。

同時に、カーネーションと同じ色の液体が、ファスナーを開いた俺の手にベッタリとくっついていた。
2021/04/06 16:26

yomogi

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