三題噺のお部屋
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文字数 746文字
yomogi
ストーリーも見せ場のシーンも何一つ頭にはなかった。ひたすら「今なら書ける」という変な自信と狂気だけが私の脳を支配する。書き出しは部屋の中の風景だった。絡まった携帯の充電コード、服をかけっぱなしのつっかえ棒、寝起きでぐちゃぐちゃな布団と枕……それを書いて何を始めるつもりなのか、私にも分からなかった。
でも、キーボードを叩く手は止まらない。淡々と部屋の風景を映し出していた文章は、いつの間にか、主人公のちょっとした違和感を伝え始めていた。昨日脱ぎっぱなしだった青シャツが、気づくとハンガーにかかって吊るされている。携帯はカバンに入れたままだったのに、いつの間にか充電器に刺さっている。鼻血なんて出た覚えはないのに、枕になぜか血のシミがついている……
文字を打ちながら、私は今書いているのがリアルなのか創作なのかだんだん分からなくなっている。夢は見なかったと思う。でも、もしかしたら昨日の晩、家に帰ってきてそのまま布団に突っ伏したというのが夢だったのかもしれない。寝起きで小説を書き始めたから、創作と記憶の境界が曖昧になっているのかもしれない。
あるいは、誰かに別の記憶を埋め込まれたのかもしれない。別の世界にいるもう一人の私が見た、この部屋の風景なのかもしれない……何を目指しているのか、どこへ向かっているのか分からない物語。私が空腹に耐えきれなくなってコンビニに行こうとしない限り、きっと進み続けるのだろう。
(完)
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