ツチノコで笑おう
「安いよ安いよ〜。今日、二月二日虹の日は虹物大セールだ!」
モキート露店街に溢れる雑踏の中、男の野太い声が一際よく響いていた。
「世にも珍しい虹色のツチノコ、普段は百五十万モギールのところ、今日は七十万モギールだ! 虹色のツチノコの肉は栄養満点! ご老体も一口食べれば二十代の体を取り戻すと言われ、その血は難病も治す万能薬って噂だ!」
その声に引き寄せられ、男の露店の前には人だかりができ始めていた。露店には、光沢を持った虹色の肉塊が紐で吊るされ、机には虹色の液体が入った瓶が数十個と置かれている。肉塊には三十万モギールと書かれた紙が貼られ、机には四十万モギールと書かれた紙が貼られている。
「なんだい、その……ツチノコ、ってのは」
「おや、奥さんはご存知でない?」
人集りの最前列にいた豪奢な服装の女の質問に、店主の男が表情豊かに答える。
「ツチノコってのは、ここモキートの伝承に登場する伝説の生き物なんでさ。ツチノコを見たものは巨万の富を得て、生涯金に困ることはないって話なんですがね、まぁそんなうまい話があるはずない、たかが伝承、ツチノコは伝説の生き物と言われていたわけさね」
そこで男は一拍置き、内緒話をするように口の横に手を添えた。男の話を聴き逃すまいと、人集りが前のめりになる。
「現モキート国王の庭へと愚かにも忍び込んだ者がいるんですがね、そいつが見つけたんですよ。庭に大量にいた虹色のツチノコを。どうやら現王はツチノコの恩恵によって巨万の富を得ていたらしい」
「でもお前さん、伝承には黄色のツチノコが出てきたんんだろ? 虹色は違うんじゃないかい」
「奥さん、普通に考えて黄色なんかより虹色の方がいいに決まってるでしょう? 現に王は虹色のツチノコによって巨万の富を得ているわけですから。ただまぁ、うちに置いてあるのは捌き終わったツチノコなんで、恩恵に与れるかは微妙なところですが、ただ先ほど言った効能に間違いわありませんぜ。栄養満点の肉! 万能薬になる血! 合わせて七十万モギール! こんなに安いのはここだけですよ」
「よし、その血を一つ買った!」
そこで人集りの中から声が上がった。それを皮切りに、瞬く間に虹色のツチノコが売れていき、ものの数分で露店は空になってしまった。
その日の夜。
露天の店主と最初に血を買うと声をあげた男が飲み屋で高笑いをしていた。
「まさかあんなにぼろ儲けできるとはな!」
「あの、俺はこんなに分け前をもらってもいいんですかね」
「何言ってんだ。一も二もなく誰かが買った。それがあるとないとじゃ客の疑いには天と地ほどの差があるんだ」
「にしても、すごいですねこれ」
男は先ほど買った虹色のツチノコの血が入った瓶を取り出すと、その中身を空いた皿の中に出した。しかし、皿に流れたのは虹色の血ではなくただの水だった。空になった瓶には虹色の着色がされていた。
「まぁな」店主は呵々大笑する。「そんな水に四十万も出すとは、バカな客が多いいもんだな! 肉だってそこら辺にいる雞に色を付けただけだぜ?」
店主と男のゲスな笑い声が飲み屋に響く。
手元にある数千万モギールの大金は間違いなくツチノコによってもたらされた巨万の富だった。