「薔薇の小径」東雲いづる

文字数 1,495文字

東雲いづる
2021/04/15 10:31

izuru_s

題「薔薇の小径」
2021/07/20 13:12

izuru_s

 今日、私は退院する。


 交通事故で片足を失った私は、もう自分の足で歩くことはないだろうと思っていた。でも、新しい足=義肢を得て、再び自分の足で歩くことが出来るようになった。……いや、作りものの足は自分の足ではないのでは? ……でも、もうこれは私の足、ということでいいと思う。なぜなら、私の体に合うように造られているのだから。


 念のため、簡素な杖をつきながら、私は病院を後にした。

 荷物は先に自宅に送ってあるから問題ない。「自分の足」で歩いて、病院を出ると決めたので、極力身軽になりたかった。


 事故に遭うまでは、毎月決まった日に友人たちとお茶会を開いていた。それは私の姉の月命日も兼ねている。共通の友人だった姉を偲ぶ会が、数年経ってただのお茶会になるまでの間には、各々の心に色々な思いがあっただろう。もちろん、私も。


 入院中は、敢えて友人たちの見舞いを断ってきた。

 姉をきっかけに知り合った友人たちだからこそ、不吉で、死の匂いのする、何かが欠けたものを見せたくなかった。

 もちろん、私自身はそんなことを気にしてはいないのだけど、姉の死因が交通事故だったから、私のこんな姿を見せたら、またつらい気持ちにさせてしまう。だから。


「あれ……? どうして分かったの?!」


 病院前のロータリーに見知った顔があった。お茶会メンバーの一人だ。

 退院日は教えてなかったのに。


「ちょっとね。さあ、乗って」


 彼女は脇に停めてある車のドアを開けた。

 このまま姉の墓前に報告しに行くつもりだったけど……仕方ない。

 何らかの面倒な手段で私の退院日を突き止めたのだから、よほどの用事があるのだろう。


 助手席に乗ろうとして、義肢と杖の扱いに戸惑っていると、彼女は慌てて後部座席のドアを開けてくれた。不器用に自分のおしりをシートに放り込み、杖と義肢をどうにか車内に押し込めた。……もう少し上手にならないと。これから長く付き合うのだから。 


 車が静かに滑り出すと、私は目的地を尋ねた。当然の質問だと思う。

 しかし彼女はバックミラー越しに、くすくすっ、と笑っただけで答えてはくれなかった。

 いやな予感しかない。なにせ、今日は姉の月命日だから。


「やっぱり」


 車が停まった場所は、いつものお茶会会場となっている、ガーデンカフェの駐車場だった。


「悪いけど、行かないから」

「どうして? みんな待ってるよ」彼女が振り返って言う。

「だから行かない」

「だからどうして? お見舞いもさせてくれなかったんだから、ちゃんとみんなに顔を見せてあげてよ」

「だって……足、こんなだし」


 彼女は短く嘆息すると、


「何考えてるか大体分かるけど、余計なお世話よ」

「ッ!?」


 私は顔を上げて、彼女の顔を見た。


「貴女はもう、友達の妹じゃなくて、友達だから」


 それだけ言うと、彼女は車を降りて、後部座席のドアを開け、手を差し出した。


「おいで」

「……しょうがないな」


 不器用に車を降り、杖をついて彼女の後をついていくと、そこは私の知っている庭ではなかった。


「なに……これ」私は息をのんだ。


 アプローチから庭一面、真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。……いや、それは。


「退院おめでとう。お見舞いの分も合わせて、999本のバラを贈るわ」

「やだ……まるでプロポーズじゃない」


 庭の奥では、友人たちが東屋の席から立って、拍手で私を迎えている。

 お見舞いを断っていた自分が、黙って退院しようとした自分が、馬鹿らしく思えてきた。


「……ただ、いま」


 私は新しい自分の足をバラの道へと踏み出した。 

 何度も歩いた小道を、今は違う感触、違う色で楽しむ私がここにいた。


2021/07/20 18:14

izuru_s

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