昨日、過労のせいか母が体調を崩して寝込んでしまった。一応、体温計で熱があるかどうか確認してみたが、幸い熱はないようだ。
しかし母の寝ている部屋からは、しきりに咳き込む音や鼻水を啜る音が聞こえ、とても苦しそうな状態であることはいやというほど伝わってきた。とりあえず家にあった薬は飲ませたが、所詮は市販されている第二類医薬品だ。病院で処方してくれる第一類医薬品ほどの効果は期待できない。
――何かもっといい方法はないのかなぁ……
普段碌に使わない頭を必死に使う。正直、今にも思考がスパークしそうだ。
そんな風に私が顎に手を添えながらうんうんと唸っていると、階段を控えめに上ってくる足音が聞こえた。父であれば、たとえ体調不良者がいようとも、遠慮なしに五月蠅い足音を立てて上ってくる。こんな控えめなわけがない。となれば、この家にいるのはあと一人。
「お、お姉ちゃん……お母さん大丈夫?」
まだ姿は見えていないが、声は明らかに妹の美玖だった。だが心なしか、声が少しくぐもっているような気がする。
「美玖……心配なのは分かるけど風邪が移ったらいけない、から……」
階段からひょっこり頭を覗かせたのは、可愛らしいカエルの頭だった。正確には、去年美玖が学校祭の演劇で演じたカエルのお姫様の着ぐるみだった。階段を上りきると、両手いっぱいのカーネーションの花束を持っていたことも分かった。
「え?何でそんな恰好してるの?」
「お父さんが、これ着たらお母さんが喜ぶって……それに、今日は母の日だからって……」
すっかり忘れていた。確かに今日は五月十三日、母の日だった。
普段はだらしないお父さんだが、こういうことはしっかり覚えているところは素直に尊敬できる。ただ、この期に及んで溺愛する妹で遊んでいるのはいただけない。後でしっかりシメておこう。
「美玖はいい子だね。それじゃあ、後で一緒にカーネーション渡そっか」
「うん!」
きっと着ぐるみの中で眩しい笑顔を咲かせているのだろう。
そう思うと、私も自然に笑顔になった。
お母さんが起きたら、このカーネーションで驚かせてあげよう。
お母さんの大好きな家族のとびっきりの笑顔と一緒に。
シズム