十月初旬――。
紅葉も深まり、読書の秋、スポーツの秋と人々が秋を満喫し始めている今日この頃。
「ははは! これで俺も大物ユーチューバ―の仲間入りだ……!!」
そうあくどい笑みを浮かべながら包丁を握りしめているのは、巷で噂の人気ユーチューバ―〝笹パンダ〟だ。
笹パンダこと本名、佐々木優真は、料理系ユーチューバ―としてそこそこ名を馳せてはいるが、最近は登録者数と再生数が伸び悩み、頭を抱えていた。しかし先日、山菜を取りに山へ赴いた際にとんでもない珍味との邂逅を果たし、まさに今、一世一代の大勝負に出ようとしていた。
「秋と言えば食欲の秋。だがまさかお前を調理することになるとはな……ツチノコォ!」
そう叫ぶ佐々木の目の前には、まな板の上にぐでんと横たわっている腕のない、横に太った蛇のような生き物――ツチノコの姿がそこにはあった。しかし、噂に聞くツチノコとは違い、その生き物は毒々しい程の七色の皮膚を持ち、とても食べられるような代物には見えなかった。
「ふふふ、お前は一体どんな味がするんだろうなぁ……」
だが取れ高が欲しいあまり佐々木は冷静な判断力を失い、ただただ人気になりたいという一心で動画を撮っていた。
「さぁて皆様こんばんは! SASA☆PANDAでぇっす! 今日の食材はですねぇ~……皆様驚くことなかれ! 先日山に行った際に取れた、なぁーんとなんと! 七色のツチノコでございます!」
まな板に置かれたツチノコをアップで撮り、一通り捕獲した際のエピソードを交えながら説明した後、佐々木は包丁を手に取った。
「さぁてでは運命のツチノコ入刀! このUMAの体の中身は一体!? そしてそのお味は!」
ハイテンションで魚感覚で包丁を入れると、思いの外すっと包丁が入り、佐々木の期待値は高まった。しかし切れ目から黒い物体が飛び出してきた瞬間、佐々木の希望はあえなく打ち砕かれた。
「おおおおおっ、と……に、虹のツチノコから黒いゴムみたいな何かがっ、こ、これは凄い、何というか……し、神秘ですねぇ!」
苦し紛れに、佐々木は歯切れ悪く解説する。
しかしよくよく考えてみれば、七色に輝くツチノコなど存在しないことくらい、少し考えれば分かることだった。
「いや! これは、もしかして……」
我に返った佐々木は、改めてツチノコをよく観察し、ようやくその正体に気付いた。
これはツチノコではなく、タールにまみれた蛇だった。変に横に膨れていたのは、タイヤ片を呑みこんでいたためであり、タイヤ片を抜き取ってみればそれはただのアオダイショウだった。
「……おぅふ」
正気に戻り、目の前の蛇の惨状を改めて確認すると、佐々木は居た堪れない気持ちになるのと同時に、このまま動画を上げてしまえば炎上してしまうのではないかとようやく悟った。
今自分は、タールまみれのタイヤ片を呑みこんだ蛇に止めを刺した挙句、それを動画に出して晒し上げようとしている。
「これは……ダメだ」
急遽ツチノコもどきをそのままの状態でゴミ箱へと廃棄し、佐々木は冷蔵庫に残っていたあまりものでお手頃な即席あんかけ丼を作り上げ、いつも通りのありふれた動画を投稿した。ツチノコは結局動画にはせず、本体も生ごみで廃棄し事なきを得た。はずだった。
しかしその動画は瞬く間にSNS上で拡散され、5万RTを達成した。
それは何故か。
『画面が何か虹色がかって見づらい~加工?』
『6:17~辺り何か蛇の鳴き声聞こえない? 笹パンって蛇買ってたっけ?』
『最後最後最後! 何か映ってる!』
佐々木が投稿した動画には奇妙なものが多々映っており、ファンの間で曰くつきの動画として出回った。画面が虹色がかっていたり、蛇の鳴き声が入っていたり、最後エンディングシーンに入る直前に、画面前に半透明の蛇が映っていたり。
結果から言えばチャンネル登録者数も動画再生数も倍に増え、佐々木の望みは思わぬ形で叶った。
だがそれ以来、佐々木の身の回りでは奇妙なことがよく起こるようになったとかなかったとか。