「やっぱり居るね」
僕は、体調を崩すちょっと手前や、職場や友人と何かトラブルがあった後によく同じ光景と言うか、同じ女を見かける。
女がこちらを見ているのを感じる時もあるし、全く違った方向を見ている時もある。僕は、その面影を感じながらも、知らないふりをし続け、かれこれ十五年近い付き合いになる、その彼女と。
初めて出会ったのは、幼い頃、両親や妹と近くの山にハイキングに行った時。頂上近くの岩陰からこちらを見下ろすように、おかっぱ頭の黒っぽい服を着たその女はこちらを覗いていた。
不思議と僕はちっとも怖くは無く、ただ、家族が怯えたり、帰り支度をしないかなと、そればかりが気になった。
幸いにも、父も母も妹も、何も気付かず、頂上を叫び、おにぎりや卵焼きを広げ、家族団らんを楽しんでいた。
その女は、大きな四角い岩の裾の部分に腰かけ、ぼんやりと木の枝を左右に振り動かし、そしてそのうち消えていた。もっと、近くに寄って来たり、その存在を知らしめるのかと思っていたから、少し拍子抜けした記憶がある。
その女は、数年ぶりに見かけたり、かと思えば立て続けに何度も会ったりと色々なパターンがあった。
特に、空車の助手席に座っている事が多く、僕は少しドキリとはしたけれど、初めて見かけてから、十年も経つ頃には、こちらからも探すくらい、車と、女はセットになっていた。
女はいつも、ぼんやりとしていて、その瞳を正面から覗いた事は一度も無いけれど、無表情で無感情な空気がこちらに伝わってきた。
一度だけ、その女が泣いている姿を見た事がある。ような気がする。
僕が初めて出来た彼女とデートで行った、市街地にある小さな公園の浅く水が溜まっている草地。細く水が流れ、でも、水の流れは止まらない。
「沢か……」
滞った水に浮かぶ水草の合間から、大きく口を開けた女の顔がゆらゆら揺れていた。