それは、紅葉シーズンも終わり、朝晩の冷え込みが本格的なものとなってきた晩秋のある日のこと。僕は幼なじみで義肢装具士の向坂(さきさか)に呼ばれ、仕事終わりに町はずれのカフェへ行った。
鮮やかな赤髪の彼は僕を見つけると、小さな声で「よし、やるか」と言った。
「……珍しいね、向坂が自分の家以外に僕を呼び出すなんて」
「たまにはいいんじゃね? オチャカイ、ジョシカイしようぜ」
「僕ら女子じゃないけどね……よっこいせ」
親友の向かい側の席に着くと、彼はメニューを取り出してコーヒーを指した。僕は無言でうなずく。
「で、話って何なの?」
「実は……結婚しようと思ってるんだよ」
「それって、高校の時から付き合ってた嶺岸(みねぎし)ちゃんと?」
「それ以外に居ないだろ!」
向坂は顔を赤らめながら、スマホの画面を見せてくれた。
「でな、プロポーズの時に、バラを渡そうと思ってるんだ」
「へぇ、素敵じゃないか」
画面には、大量のバラが映っている。……え、これを渡すのか?
「重! なにそれ、重ッ!!」
「みんなそう言うけど、じゃあどうしろってんだよ」
「指輪だよ! シンプルに指輪渡せばいいんだよ!」
「好きな子にシロツメクサの冠をあげたお前にゃ言われたくねーんだけど!」
僕らが言い争っていると、見かねた店員さんが困り顔で近づいてきた。すぐに気付いたので、ボリュームを落として話を続ける。
「いいか、向坂。客観的に考えるんだ。僕が彼女にプロポーズするって言って、バラの花束出してきたらどうだ?」
「……気持ち悪いな」
「それと一緒なんだ」
「あー……」
向坂は顔を顰めてスマホの画面を見た。
「999本、頑張って育てたんだけどなぁ」
「気色の悪いやつだなぁ、きみは」
「あ、このバラを全部、赤い義手にするってのは?」
「名案みたいに言ってるけど、もう十分気持ち悪いから。却下」
僕の親友がこんなやつだとは思わなかった。
「普通じゃないことしようと思ったが、そういうのはやめた方がいいのかな」
「普通に指輪渡して『結婚してください』がベターさ」
「そっかー……」
「――もう、いいかな?」
店員さんがコーヒーを持ってきたタイミングで、僕は訊ねた。
「あぁ、さすが俺の親友。『語尾の母音を合わせるゲーム』にも慣れてきたな」
「疲れた。それより……バラの話、実話じゃないよな?」
「さあ……どうだろうな」
まじか。……いや、まじか。そうとしか言えない。
コーヒーが、一瞬で冷めていくような気がした。