三題噺のお部屋
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「お兄ちゃんお兄ちゃん」
声のしたほうに振り向くと、小汚い眼帯の男が手招きしていた。
「次のレース、8番だぜ。間違いねぇ」
と、眼帯は自信たっぷりに言う。息が酒臭い。
「押し売りかよ。金は払わねーぞ」
東側の場外鵜券場にはこの手の予想屋がたむろしている。強気で対応しないとカモられる。
「そうツンケンしなさんな。サービスだよ」
「8番だ? 冗談キツいぜ。このレースは2番で鉄板だろ。大穴狙いの連中ですら誰も8番なんて買ってねーよ」
「まぁ聞け」
眼帯が巧みに声を潜めて、俺は思わず顔を近づけた。酒臭さがグッと増す。
「第4コーナーにでっかい藻の塊が浮いてやがる。先頭集団は絡め取られてオシマイ、後続も巻き込まれてパニック、格下でドン尻の8番が大外から抜いてくって寸法さ」
「……」
「他の奴らが血眼で鵜の様子を見てる頃、俺は清掃員の働きぶりをチェックしてた。嘘かどうかはすぐにわかる。買うも買わないも、お兄ちゃんの自由だ」
男の隻眼が妖しく光る。
「面白ぇ」
俺は有り金を8番の単勝にブチ込んだ。
そして。
レースは大方の予想通り、2番の勝利に終わった。
確かに、藻の塊は浮いていた。
実際、2番の鵜たちは足を取られた。
しかしちょっとバタついただけであっさり突破してしまったのである。
レース後、眼帯の男の姿は煙のように消えていた。
俺は、声の限り叫んだ。
「もーーーーーーーーーー!!!!!」(藻だけに)
moriyamatomohito
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