真っ赤な夕日が窓から差し込み、机に置かれた一輪の菊の花を赤く染め上げていく。窓から秋らしい少し冷たい風が吹き込み、カーテンと僕の長い前髪を靡かせた。
静かな教室には、椅子に座って俯く僕と目の前で僕の顔を覗き込むように立つ幼馴染の未来のみだった。
未来はいつもの調子で声を張って僕に話しかけてくる。
なんてことない、中学三年生にはよくある進路の話だった。
「私ね、やっぱり誠には才能があると思うんだ」
「才能って……大げさだなぁ」
「大げさじゃないって。あんなに素敵な海とか空の写真って普通じゃ絶対撮れないし」
「そうかな? 誰だってたまたま撮れちゃうような写真ばかりだよ?」
「そのたまたま撮れるようなものを、何回も撮っちゃうから才能あるって言ってんの!」
「……そっか。そうだといいなぁ」
「相変わらずの根暗っぷりだね……そんなんだからクラスからも浮いちゃうんだよ」
「……浮いてるのは未来の方だよ」
「じゃかましい」
「あっはは、理不尽」
冗談めかしいやりとりをしながら、未来は僕が撮った写真を熱弁してくれた。画角だったり、色だったり、人物の撮り方だったり。あまりにも褒め上手だから、少し目の奥が熱くなる。
「ねぇ、未来」
「なぁに、誠」
「僕さ……正直、まずは大学に行って、堅実に就職しようと思うんだ」
「……」
「でもね、写真撮るのはやめないよ」
「……」
「撮りたいものがいっぱいあるんだ」
「……」
「だから……たぶんすぐじゃなくて、すごい回り道をしてからにはなると思うんだけどさ」
僕はポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、カメラを起動した。そして不意打ちで目の前の未来を撮った。薄暗いせいで自動でフラッシュがたかれ、教室が一瞬だけ明るくなった。
未来はフラッシュの眩しさに目を細め、手で顔を覆った。
「ちょ、ちょっと、びっくりするじゃん……! 撮るなら言ってよね!!」
「あはは、ごめんね」
「はぁ……本当に、やることなすこといつも突拍子なんだから」
未来は深いため息をつき、机から離れる。そして開いている窓枠へと腰かけた。
「……危ないよ」
「別に、危なくないでしょ」
「いや、でも」
「誠」
「……何?」
「さっきの私の写真、上手く撮れてた?」
未来は悪戯っぽく微笑みながら、少し首を傾げた。
「……うん」
僕は、小さく頷いた。
「そっか……そっか」
未来は噛み締めるように目を閉じ俯いた。そして勢いよく顔を上げ、
「ちゃんと撮れてたなら良し!」
未来は弾けるような笑顔を僕に向けた。
夕日が街に落ちていく。未来の姿が少しずつ暗闇に溶けていく。
「未来っ」
無意識に伸ばした手は呆気なく空を切り、未来は暗闇の中へ消えていった。
――再び静寂が訪れる。
少し立ち尽くした後、僕はスマートフォンのアルバムを震える手でそっと開いた。
ぼんやりと光る液晶の上に、ポタリ、ポタリと雫が落ちる。
「……ごめん。上手く、撮れなかったよ」
写真に写っていたのは、花瓶に生けられた一輪の白い菊の花のみだった。