秋永真琴

文字数 757文字

中学生以下は無料だったので、よく美術館に行った。


タダで、長くいられる避難場所。最初はそれだけのことだった。


セーラー服、眼鏡の冴えない中学生が、毎週のように平日の午前中からやってきても、受付のお姉さんは何も言わなかった。途中から学生証を確かめることもしなくなった。

やさしさだったのかもしれないし、無関心だったのかもしれない。

2018/05/17 12:18

makoto_akinaga

飾られている絵画の善し悪しは、ピンとこなかった。ぶっちゃけ、ツイッターでリツイートされてくる上手なイラストのほうが、素直にかっこいいと思えた。


静かな館内で、立ち尽くす。海のど真ん中に放り出されたような気分だった。これじゃ、学校や塾にいたときと同じだ。逃げてきた意味がない。

孤独で、寄る辺なく、いまにも溺れそうな――


でも、こうやって美術館の壁に掛かるのには、何か理由があるはずだ。空っぽなくだらない理由であっても、何かは。

2018/05/17 12:19

makoto_akinaga

観た絵について、図書館で調べた。

画家の来歴。絵に篭められた技術的、精神的な意図。描かれた当時の絵画の潮流――その中で、作品がどう位置づけられるか。


知識は、アイテムであり、スキルだった。

しがみつく浮き輪、行き先を示すコンパス、疲れない泳ぎ方――それらを入手するたびに、海を往ける範囲が広がった。


テレビの「三分クッキング」みたいに、途中の努力をすっとばして「こちらが勉強して受けたテストの結果です」となればいいのに――と、ずっと思っていた。

途中が楽しいのは初めてだった。

勉強って、本当は楽しいものなのだと知った。

2018/05/17 12:20

makoto_akinaga

無事、高校生になってから初めて、美術館に行った。


受付のお姉さんは「有料ですが、よろしいですか」と訊いてきた。

わたしは「はい」と答えた。


お姉さんは微笑んだ。避難場所でなく「来たい場所」として来たことを喜んでくれているのかもしれないし、ただの営業スマイルかもしれない。

2018/05/17 12:21

makoto_akinaga

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
※これは自由参加コラボです。誰でも書き込むことができます。

※コラボに参加するためにはログインが必要です。ログイン後にセリフを投稿できます。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色