三題噺のお部屋
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文字数 1,983文字
中島公園――すすきのの南側に広がる、札幌市民の憩いの場だ。
入口から池まで続く銀杏並木は、秋に鮮やかな黄金色に染まる。いまは、寒々しい裸の枝が広がるだけだ。雪が積もれば、また別の美しさを帯びるのだけど、今年の冬はまだそこまで降っていない。
makoto_akinaga
そんな並木道を、私は自転車を押して、章子(あきこ)といっしょに歩いていた。
私は比翼仕立てのロングコートを羽織り、章子はダッフルコートの前を閉めて、一眼レフのカメラをたすき掛けにしている。
今日は土曜日。私の会社も、章子の大学も休みなので、公園の近くにあるカフェに行く約束をしたのだけど――
ショートボブの頭をちょっと傾げて、歳下の友だちは心の底から不思議そうにいう。
どうして自転車に乗らないのか、わざわざ章子に合わせて歩くのは不合理じゃないか、という意味だ。
そういうことを、書こうと思うのだ。不合理なことを否定しない小説を。
!?
もうちょっとなのは嘘じゃない。あと一万字くらいで終わる。その終わらせ方が難しかった。興奮で筆が滑らないように。小説のテーマを剥き出しにしないように――
茶色い壁にコテの塗り跡をわざと残した、オシャンティな建てものだ。
看板に書かれた店名は「月に読む手紙」とある。オシャンティである。
背骨に痺れが伝った。
私は、章子のほうを見た。
武士みたいだな、と、ぼんやりと思った。武士を見たことはないけど。
画面を見ず、昔のフィルム式のカメラみたいにファインダーに目を当てて撮るのが、森島章子のスタイルだ。
章子は被写体を整えない。
私が止めた自転車を、ありのまま、稲妻のような速度で数枚、撮った。
私が小説家としてデビューできたら、章子に著者近影を撮ってもらう約束をしている。それは、けっこう強力なモチベーションとなっている。
私にとって章子はそうだ。
章子にとって、私もそうだったらいい。
☆★☆
このSSは、小説サイト「カクヨム」に載せた短篇「森島章子は人を撮らない」の後日談です。もしよかったら、こちらもご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884742431
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