『腕に巻く犬』
僕はいじめを受けて、学校に行っていない小学5年生だ。そんな僕がある日、目的もなく道を歩いているときに、目の前にいた車に轢かれそうな犬が、轢かれそうになる瞬間、急に僕のところに飛び込んできて、しかも何故か腕に巻きついてきた。
その日からこの腕に巻かれた犬、ポコとの奇妙な共同生活が始まった。
「おい、光太! 今日も家から出ないのか。ボクを散歩に連れて行けよ!」
僕の右腕から外出をせがむ声が聞こえる。ポコはなぜか人の言葉を話すことができる。全くもって鬱陶しい。
「うるさいなぁ。いじめっ子に会ったら嫌だから、あんまり外には出たくないんだ」
「そんな奴らのこと気にするなよ! 光太〜。散歩連れてってよ〜」
そう言ってポコは僕の腕でゴネ始めた。
「ああ、もう! ただでさえいじめられているのに、ポコみたいなのが腕に巻きついていたら、余計にいじめられるよ!」
「ボクだってこんなの嫌だよ! 自由に歩き回りたいのに、なんでよりによってこんな引きこもりと……。もう我慢できない!」
ポコがそう言うと、僕の右腕が勝手に玄関のほうに引っ張られる。ポコが無理やり引っ張っているのだ。
「ちょっと、ポコ! やめろよ! うわぁぁぁぁ!」
結局ポコに引っ張られ、僕は外に出てしまった。
「わーい。久しぶりの外だ〜。光太、どこ行く?」
出てきてしまったものは仕方ない。ちょっと付き合えば満足するだろう。
「ポコの好きにしていいよ。ただあんまり学校の近くには行きたくない」
「わかった! じゃあ、あっち側に行ってみよう!」
ポコは僕の腕を、学校とは逆方向に引っ張った。
「こっち側に行くと公園があるよ。ポコ、行ってみたい?」
「行きたい! 光太連れてって!」
僕は腕にポコを巻きつけたまま(何をしても取れないが)、公園に向かって歩いた。
公園に着くとポコは、喜びの声を上げる。
「わぁー、けっこう大きいな! ボクも自由に走り回れたらな〜」
「僕は走らないよ。運動は苦手なんだ」
僕は運動が苦手なのもいじめられている理由のひとつだ。
「それは我慢するよ。あれ? 見てみろよ光太。あっちで子供が泣いているよ」
ポコに言われたほうを見ると、小さい女の子が泣いていた。
「ああ。木に風船が引っかかっちゃったんだね。あれはもう取れないかな」
「よし! 行くぞ!」
ポコは急に気合を入れて叫び、僕の腕を全力で引っ張った。
「ちょっと、ポコ! 僕は木になんか登れないよ!」
「ボクに任せて!」
そう言ってポコは、今までにないスピードで僕を引っ張り、そのまま木を駆け上がった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「よし、届いた! 光太、風船の紐を掴んで!」
「え? う、うん。それ!」
僕はポコに言われるがまま、風船の紐を掴む。
「ナイス、光太! よし降りてあの子に渡そう」
駆け上がったときの勢いのまま、ポコは僕を木の下に降ろした。
「光太、渡してあげて」
「う、うん」
僕は木の上で掴んだ風船を、泣いている女の子に渡した。
「はい。もう離さないように気をつけるんだよ」
「わぁ〜。ありがとう! 犬がついているお兄ちゃん」
犬がついているお兄ちゃんか……。まあ、こんな笑顔で感謝されれば悪い気もしない。僕は「どういたしまして」と返事をして公園を出た。
「ポコ、今日はポコのおかげで久しぶりに楽しかったよ。ありがとね」
「なんだよ〜。そんなこと言われると照れるよ」
ポコは僕の腕で照れている。今更だけど、変な犬だな〜。
「今度……、久しぶりに学校に行ってみようかな」
「お、どうしたの? 急に。外に出れるならボクは嬉しいけど……」
ひとりだったら行けないだろう。でも今の僕には……。
「ポコと一緒なら、行ける気がするよ。ただあんまり学校で騒がないでね」
「わかった! 学校も行ってみたい」
そう言って喜ぶポコに僕も微笑む。僕たちは人助けができた気持ちを胸に、夕日に染まる道を歩いた。