ヤドナシ

文字数 772文字

『最後の最後に』

 ヤドナシ


お爺ちゃんからもらったカメラは、カメラと言われなければ何なのかよく分からない代物だった。

どこがレンズか分からないし、対象を覗き見るファインダーもない。一言で表すなら床に落とした粘土の塊。複雑な機構を有しているなんて、ぱっと見誰も思わない。

「フィルムはどこに入れるの?」「シャッターはどこで切るの?」「どうやって物を写すの?」

私の質問に、お爺ちゃんは一々得意げに答える。「フィルムはいらん。直接送りたいハードへデータを送れる」「シャッターなど古い。こいつは撮りたいときに自然に対象が撮れている」「物を写すんじゃない。景色を見ろ。そうすればもう撮れている」

実際、私のスマホにはいつだったか、撮りたいな……と思った景色が知らないうちに入っていた。ちょっと不気味だけど、お爺ちゃんっぽいなと思う。新しい何かを作るとき、お爺ちゃんはいつも、そのメカのアイデンティティを破壊するようなものを作る。だから、けっこう嫌われている。

「俺はこいつで、今まで映せなかったものを映そうと思うんだ。入れない場所、近づけない場所、見えない場所……色々撮ってみたが、けっこう上手くいったと思う。だが一箇所だけ、まだどうしても撮れなくてな……」

悔しそうにつぶやいては、何度も改良を加えてリベンジしていた。私には、何をそんなに撮りたいのか分からなかったけど、最後まで好きにさせていた。それが一昨日までの話。


昨日、私が見た覚えのない景色が数枚、スマホの中に入っていた。きっと、おじいちゃんがあれで撮ってきたものだ。私の行ったことのない世界、シャッターを直接押せない場所、写そうと思っても写せないところ。


最後の最後に、これを見せたかったから作ったんだろうな。あそこに自分が行くことを誰も悲しまないように……そう思いながら、私は静かに棺の側から離れていった。
2021/04/06 15:56

yomogi

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)
※これは自由参加コラボです。誰でも書き込むことができます。

※コラボに参加するためにはログインが必要です。ログイン後にセリフを投稿できます。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色