『風邪引いた』
そんなメールが来た。
またか、そう思うくらいにはよくあることだった。
自殺マニアだから、自分の身体を痛めつけ、無茶をする代償に、風邪を引いていた。
最近はめっきり減っていたから、そういえば久しぶりかもしれない。
このメールはただ知らせているだけではなく、「来て」という意味である。
私は家に向かう途中にあるいつものスーパーでミネラルウォーターと林檎を買った。
桃と迷ったけれど、林檎の方が安かったから林檎を手に取って、籠に入れた。
ピンポーン
一応チャイムを鳴らす。
どうせあの人は玄関に出て来ることはない、あと、こういう時は鍵は開いている。
ほら、開いた。
部屋に行くと、その人は床に敷いた布団で、仰向けに寝転がっていた。
目が合うと、にへっと笑った。
「あ、制服だ。初めて見たけど、可愛い」
「可愛い……って、嬉しいですけど。でも、気にするのはそんなことじゃなくって、自分の心配して下さい!」
「心配って……風邪くらいで死なないって。大体私、死ねないし」
「そりゃ、2階から落ちても死なない生命力ですし、川を流されても風邪を引くくらいで……って、まさかまた川を流されたんじゃ……!?」
「ご名答。川を流れてみるのが癖になってしまって、繰り返していたらついに風邪を引いてしまった」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか! 死にますよ?!」
「大袈裟だなあ……たかが38度だってのに」
「38度は高熱です! たかがなんて言うのは馬鹿です!」
「うふふ……なんとかかは風邪ひかないっていうから私は馬鹿じゃないね」
「水、どうせ冷蔵庫にないですよね? 買ってきたから飲んで下さい」
「水か……飲ませてくれない?」
「!?!? そ、それって……」
口移し、という行為が頭の中によぎる。
なんかよく分からない関係だけど、一応付き合ってるはずだし、彼女としてはやっても不自然じゃないよね。
「……そんな悩むこと? 多分、そこにストローあるから使っていいよ」
「ストロー!!……そっか、そうですよね!」
ペットボトルの口にストローをぶっさして手渡す。
物足りなそうにしていたけど、無視だ。
買ってきた林檎を剥くため、台所へと向かった。
「林檎、剥きました」
「わあ、林檎だ。風邪の時って林檎がやたら美味しく感じるんだよね」
それは分かる。
林檎と桃は、風邪の時に食べたい果物として挙げたい候補を争う。
「ん」
口を開けている。何がしたいのか分かった気がするけど、間違っていたら恥ずかしいから、気づかないふりをしておく。
あと、こんな時だけど滅茶苦茶顔が整っていて綺麗だ。
「……なに?」
「あーん、だよ。食べさせてくれないの?」
「なっななななな……!」
「さっき口移し期待してたみたいだけど、移っちゃったら悪いし止めたんだよ。林檎くらいなら平気だよね?」
そういつものようににこっと笑ってみせた。
しかも、読まれてた。し、気を使わせてしまった。
風邪引いてても、私はこの人に勝てないんだ。ああもう
「……好き」
「えっ、もう一回云って!? 頭がぼーっとして聞こえなかった!」
「テンション上がらないで下さい! 熱があがります!」
「あーー……熱ね、なんかもう引いたみたい」
「嘘!?」
「嘘じゃないよ、なんかもう平気。君と話してたら楽になってきた。君って女神様? 若しくは治癒系の異能力でも備わってる?」
「そんなわけないです。やっぱりまだ熱あります?」
「ないってば。何なら、確かめてみる?」
「確かめてって……如何やって……」
「却説、如何やろうかね」
ニヤリと笑って見せる。
この顔、確かにもう熱はないな。心配して損した。
でも、この人はこうであって欲しい。