駅から程近い裏路地、暗闇の中で黒猫がにゃあ、と鳴いた。黄色い目が光った。
俺は科学者だ。しかも天才的な。おまけになんと、タイムマシンの開発に成功したのだった。
しかし俺が開発した技術はどれも陽の目を見たことはない。どいつもこいつも俺と、俺の発明品を馬鹿にしやがる。世の中は馬鹿ばかりだ。俺の頭脳があまりにも凡人どもより賢すぎるから、奴らには俺の偉大さが理解できない。けれどその耐え難い苦痛を覚えるのも今日までだ。この 『真・改良版タイムマシン21号機』 により、俺は俺の偉業を世に知らしめるのだ。
しかし時空の移動には予期せぬ危険が伴うことが考えられる。何故なら、今まで誰も実験したことがないからだ。だから、なるべく周囲になるべく危険が及ばない場所を初実験の場所に選んだ。数十年前のこの周辺の地図を吟味し、ちょうど移動先が空き地になっているのがこの裏路地だったのだ。
まだ見ぬ未来を観測してみたいという知的好奇心は強かったが、未来人に過去の話をしても俺の偉大さが伝わるとは思えない。未来の人間がどのような技術を持っているか分かったものではないからだ。だから、俺は時代を逆行する。過去に行った俺が、その時代から数十年先の出来事を全て言い当てたなら、きっと俺の科学者としての凄まじさが明らかになるであろう。
俺はあらかじめ用意しておいた 「ここ数十年の出来事メモ」 を手に、『真・改良版タイムマシン21号機』 の中に入った。この記念すべき歴史的実験の目撃者が、あの野良猫しかいないというのは些か残念だが、仕方がない。
「行くぞ! 『真・改良版タイムマシン21号機』!」
俺は機械のスイッチを押した。かすかな電子音と共にゴゴゴゴゴゴゴゴ、という地響きが路地を満たした。
いよいよ、俺は歴史的天才科学者となるのだ。
にゃあ、
全てを見ていた黒猫は小さく鳴いた。物々しい音を響かせた後、男が載っていたはずの巨大な機械の中は空っぽになっていた。男も、彼が持っていたはずのメモも、何もかもが消えていた。
男は過去に向かって時代遡行を行なった。しかし、最後の最後で彼の論理が誤りであったことを自らの存在そのものをもって示してしまったのだ。
数十年前の過去に向かったのは、タイムマシンの内側の空間だけだった。
作:千石京二