三題噺のお部屋
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はあ、はあ、
息が上がっている。俺は自転車を漕いでいた。風邪っぴきでこの急な坂道を、ギア変速なしのボロいママチャリで登るのは正直つらいものがあった。俺が通っている高校は坂の上にあるのだ。
秋である。11月の風は、頰を引き裂くのではないかと思われるほどに冷たかった。鼻水が止まらない。秋の終わりの風が、鼻が詰まっていても分かるほど強い、独特の臭気をまとって駆け抜けていった。
「おはよ」
見覚えのあるポニーテールが前方で揺れているなと思ったら、亜紀がいた。彼女はのんびりと歩いている。俺は自転車を押して歩くことにし、息も切れ切れに挨拶を返す。
「……お……おはよう」
「相変わらずきったない自転車乗ってんね。坂しんどいならもっといいやつ買えばいいのに」
「……うるさいよ」
「バイトしてなかったっけ。最近の自転車、安くてもギア軽くなるやつあるでしょ」
「バイトはしてるけどさ」
貯金してるんだよ。
それを口にしたらまた亜紀が何か聞いてきそうな気がしたから、俺は上がった息を整えるフリで無視をした。話題をそらす。
「遅刻すんぞ。なんでそんなゆったり歩いてんだよ」
「あんたこそもう間に合わないよ」
澄ました顔で亜紀は言う。
ぐしゃ、足元で嫌な音がした。
「あっ」
俺の靴の下で銀杏が潰れていた。
「あーあ」
亜紀がからかうような声で言う。
高校までの一本道には、何故かたくさんのイチョウの木が植えてある。銀杏を踏んでしまうとなかなかに臭うし、銀杏の破片が高校指定の靴底の溝に入りこんで取りにくいのだ。よってうちの高校の生徒はこの季節、なるべく銀杏を踏まないようにして登校しなければならない。
「なんでイチョウなんて植えたんだろうね。あたし銀杏嫌い。臭いが駄目。ついでに秋も嫌い。寒いし湿度も低いから」
俺は秋が好きだ。
君の誕生日は11月の終わりで、プレゼントのためにバイト代を貯めるくらいには。
千石 京二
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