旅を、する。これといった目的もなく、だらだらと観光でもするように、この壊れきった世界を歩く。
相棒はいない。一人旅だ。
「うーん、ここもだめかぁ」
そう言って廃材から手を離すと、途端にガラガラと崩れる。火事でも起きたのだろう。黒ずんで炭となった木材は、強い衝撃でぼろぼろになるほど脆かった。
頭を掻いて立ち上がった男は面倒くさそうに、どこか飄々としながら廃村を出る。
上手くもない鼻歌を歌いながら、川に沿って上流へと向かう。
「ありゃ、」
どうやら煙草が灰になったようだ。煙管を逆さにして灰を捨てると、鞄の中から刻み煙草が詰められた小瓶を取り出す。一服するだけでは満足できないらしい。
壊れきった世界だが、風景だけは未だ美しい。ぷかぷかと煙を浮かばせて、男は気ままに歩き続ける。
そうしていると、彼の視界に切り立った岩と滝が入ってくる。大きくはないが、然りとて小さいわけでもない。
「……こりゃあ、だめだねぇ。迂回するかぁ」
男はその景色を目に焼き付けることはせず、回れ右をして来た道を戻る。周囲は深い森で、一人ではすぐ迷ってしまいそうだ。なによりも、腐った死体だらけのその場所に留まるほど男は酔狂ではなかった。
見慣れてしまった死体を避けながら、今度は坂道を下る。
『お前、やっぱ胡散臭いよ。そんな格好してるから嘘をついてると思われるんだ』
そんなことを言った友人もいまは亡く、形見の煙管を貰ってから一〇年の歳月が過ぎ去った。
「おじさんは気に入ってるから、変えるつもりないんだけどねぇ」
胡散臭そうな容姿については自覚があるが、服装を変えて印象を覆す気は彼にはない。この容姿は言わば一種のトレードマークだからだ。
廃村近くの分かれ道まで戻ってくると、今度は川沿いではなく原っぱの方へ足を運ぶ。
こちらの人通りは少しはあるようで、数時間に一回か二回ほどすれ違う。誰もが下を向き、生きるのに疲れたと言わんばかりの様子だったが、男にソレを止める気は一切ない。
「……生きるも死ぬも、今は変わらないからねぇ。まぁ、だからといって死にに行くのは餌やりみたいなものだから、やめたほうがいい気がするけどねぇ」
自殺志願者を眺めながら一人呟く。生きながら死ぬことも、死にながら生きることも有り得てしまう世の中を、男は酷く退屈なものと思っていた。
ぽんぽんと灰を落とし、また一服。
快晴の空の下、退屈で壊れきった世界を一人行く。上手くもない鼻歌を歌いながら。