「春から高校生だね」
わたしは冷めていたカフェオレを飲み干してから呟いた。
「ミキは分かりきったことを言うね」
アヤはいちごチョコがけのドーナツを頬張りながら笑った。お行儀が悪い。
わたしとアヤは小中と同じ学校でずっとつるんでいたけれど、別々の高校に進学する。わたしは公立で、アヤは私立だ。駅前のミスドでこうやってだらだらお喋りできる回数も減っていくだろう。アヤは県内有数の進学校に合格し、塾に通い始めるとかなんとか言っていた。
「ねえアヤ、勉強ってそんな大事なの」
「大事でしょ」
「塾とかめんどいじゃん」
「めんどいけど」
「めんどいなら行かなきゃいいでしょ」
「親が行けって言うからさ」
そう言ってアヤはドーナツをカフェオレで流し込んだ。
「いい大学に入るために頑張りなさい! だってさ」
アヤはふざけてアヤのお母さんぽい口真似をしてあははと笑ったけれど、わたしにはそれほど可笑しいとは思えなかった。
まだ高校に入ってもいないのに、大学のことなんて到底イメージできなかった。イメージできないことのためにそこまで頑張らなきゃいけないとも思えなかった。
「確かに勉強は大事なんだろうけど高校って楽しいんでしょ」
わたしは口を尖らせた。カップを持ち上げたカフェオレはさっき飲み干したばかりで、ミスドではおかわり自由だったけど取りに行くのがだるかったから代わりにぬるくなったお冷やを飲んだ。
グラスの表面に結露した水で手が濡れて、テーブルにあるナプキンで拭こうと思ったらナプキン立ては空だった。
「まあ高校は楽しいと思うよ。学園祭とかあるし。ミキの学校は制服も可愛いし」
わたしが合格した高校はそれほど進学校ではなかったが高校としての歴史は長く、古めかしいセーラー服が特徴的だった。
「あれ可愛いかな」
「可愛いと思うよ」
「アヤのとこのブレザーのほうが可愛くない?」
「わたしはブレザーよりセーラー服の方が可愛いと思うな」
「そうかな」
「そうだよ」
わたしとアヤは揃ってスマホを取り出して、各々が合格した高校の制服画像を検索した。
古くさいセーラー服とお洒落なブレザー。やはりアヤが春から着るブレザーのほうが可愛いと思った。
「あ、ミキ」
「なに、アヤ」
アヤは自分のスマホの画面を指差した。そこには拡大されたブレザーの胸元が表示されていた。少し明るめの臙脂色をしたリボン。
「これとさ」
続いてアヤはわたしのスマホの画面を勝手に操作してセーラー服の胸元を拡大した。やはりリボンが表示されていた。
「これ」
「制服のリボンが何」
「色がおんなじだと思って」
言われてみればリボンの色は似ていなくもなかったが、元の画像が小さめなので画質は荒かった。どちらも暗めの赤色で、その色はなんとなく林檎を思わせるものだった。
「だから何よ」
「だから何というアレではなくてね」
アヤはいたずらっぽく微笑んだ。
「別々の高校になっちゃうけど、同じ色のリボンをつけてお互いに頑張ろう、みたいな?」
彼女の言うことは突飛で説得力が全くなくて、だからこそわたしたち二人にとっては大切な、とても嬉しいことのように思えた。わたしは少しだけ愉快な気持ちになった。
「……ふふ」
「ね、ミキ、同じ色のリボンでがんばろ」
「そうだね、アヤ」
作:千石京二