「ねえ優花、雑巾ないんだけど」
「そのへんのダンボール開けて探してよ」
「どのダンボール?」
「いっぱいあるけど開けていけばわかるよ」
「引っ越しの時はさ、ダンボールの中に入っているものが何か書きなさいって言ったでしょ」
「めんどくさかったんだもん」
お母さんはため息をついていたが、わたしはあまり気にせずに荷解きを続けた。春から大学生になるわたしは一人暮らしを始める。実家から離れた県にある大学を選んだから生活の準備も大変だ。引っ越しの手伝いにお父さんとお母さんが来てくれなかったら今以上に手こずっているだろうと思う。
お父さんはアパートの近所にあるホームセンターをスマホで調べて、洗面所の壁の寸法を測ってからつっかえ棒を買いに行った。タオルやらなんやら干すのに便利だからと言っていたが、それほど必要だとは思えなかった。むしろ荷解きの方を手伝ってもらいたかった。
無数のダンボールを開けたり閉めたり、必要なものを出したり家具の配置を考えたりしているわたしとお母さん。ついでにお母さんはわたしの新居の掃除もしてくれちゃったりしている。新居ではあるけど新築ではないアパートだから、キッチン周りやベランダがちょっぴり汚れているのだ。
「お母さん、窓サッシの掃除とかやんなくていいから荷物開けてよ」
「そんなこと言ったってあんた、大学通い出したら掃除なんてほぼしなくなるでしょ。今のうちに少しでも綺麗にしておかなきゃ」
それはお母さんの言う通りだった。わたしは掃除が苦手だし物を片付けるのも苦手だ。綺麗好きなお母さんと違ってわたしはちょっぴりがさつだ。
一人暮らしを始めたら、今は片付いているこの部屋もあっという間に散らかってしまうのだろう。たまにお母さんに来てもらって掃除をしてもらいたいけど、親元から離れてまで行きたい大学に行かせてもらったのにいくらなんでもそれはちょっと申し訳ない。掃除も家事もバイトも大学も頑張らなきゃ。大変だ。
充電中のわたしのスマホがピロロンと音を立てた。充電コードを引っこ抜いてラインの通知に目をやると、ホームセンターにいるお父さんがつっかえ棒はどれがいい? とか言いつついくつかの画像を送ってきていた。どれでもいいのでどれでもいいと返事をした。そしてまた荷解きに戻った。
このダンボールには何を入れたっけ、と思いつつガムテープを剥がして中身を見ると衣服が入っていた。もちろんわたしのお気に入りのTシャツやら部屋着も入っているんだけど、見覚えのない紙袋が一番上にでーんと乗っかっていた。
何だろうと疑問を感じつつ袋を開けると青いシャツが入っていた。薄い水色に青色の細かい花模様が散りばめられた、丸襟がとても可愛い青シャツ。薄手の生地がこれからの季節にちょうど良さそうだった。
「お母さん」
「なあに、優花」
「このシャツ何?」
わたしは窓サッシを拭いているお母さんに青いシャツを広げて見せた。
「ああ、それプレゼント」
「プレゼント?」
「優花も初めての一人暮らしだし、大学通い始めるし、まあどうせ自分の気に入った服も買うんだろうけど。可愛いシャツで大学生活頑張ってねというお母さんからのメッセージだよ」
そう言ってお母さんは悪戯っぽく笑った。
「……ありがと」
なんとなくわたしははにかんだ。
お母さんからのプレゼントの青いシャツを着て、四月から頑張ろう。
作:千石京二