「羽生市」は、群馬県にあるものと思い込んでいた。
こういうと、きっと地元住民は憤慨すると思うし、群馬県民側もとくに喜びはしないだろう。
羽生市が本当は埼玉県にあることを、俺は今日、ここに日雇いアルバイトに来て初めて知った。東北自動車道の羽生パーキングエリアは、江戸時代風の建物が立ち並び、鬼平犯科帳のテーマパークになっている。プチ日光江戸村だ。なんで埼玉の外れに江戸の町を再現したのかは、バイトリーダーが何か説明していた気もするけれど聞いていなかった。そもそも鬼平犯科帳って、テレビの時代劇だよなぁ。じいちゃんが昔よく観てた気がする。
今日のバイトは、ゆるキャラの着ぐるみだ。羽生市には「ムジナもん」という先輩ゆるキャラがいてそこそこの人気を誇っているらしいが、市内の小学生にデザインを公募した新ゆるキャラとして、俺が着る「モグモグ」というのが本日お披露目されるのだ。ふれあいイベントには地元の子供たちが招待され、俺は子供たちとふれあいまくり、写真をとられまくる。
更衣室兼控室として通された事務所で、俺は「モグモグ」の皮と対面した。
名前通りモグラのキャラクターだ。気持ち悪いことに、目がない。地中生活で退化しているからということで、リアルさを追求したのか? ゆるくない。これをデザインした小学生も、選んだ大人の気持ちもよくわからない。
「モグモグ」はつくりもひどかった。地元の中学の手芸部かなんかに作らせたんだろうか。モグラの口にあたる部分の空気口が一つある以外にひとつの穴も開いておらず、中に入ると接着剤のにおいでまともに息ができない。
うう、ゆるくない。
ちなみにいまの「ゆるくない」は、北海道弁で「しんどい」という意味のほうだ。
心もとない酸素濃度とケミカルな臭気、おまけに春だってのに6月下旬の異常な陽気で、温度的にも湿度的にも、着ぐるみには最悪のコンディションだった。
俺は、19人目の子供と触れ合っている最中に意識を失った。
「×××! ……××××!?」
焦ったような声とともに、体を揺さぶられて気がついた。
ここは……そうだ、羽生パーキングエリアだ。江戸情緒豊かな張りぼての建物が立ち並ぶ作り物の街。おれは体を起こして辺りを見回した。へえ、来たときはよく見ていなかったけれど、ものすごく広いし、入場無料の施設にしてはよくできている。
道路は舗装されておらず、魚の行商人が口上っぽいのを唱えながら四つ辻を横切っていく。道端には物乞い。水路脇にはむしろが被された土座衛門が放置され、ハエがたかっている。
……凝りすぎじゃないだろうか。エキストラも雇っているのか、羽生パーキングエリアは。
俺を揺さぶって起こした子供が、さっきからずっとこっちを見つめている。手を差し出すので、なにか介抱した礼を求められているのだと気が付いた。尻のポケットを探ると、先週パチスロでスった時のメダルが1枚紛れ込んでいた。
「ほれ」
子供に渡すと、目をメダルとおなじくらい真ん丸にして喜んでいる。何やらわめきながら、長屋みたいな建物がひしめくほうに走り去っていった。
「さて……と」
俺は立ち上がって伸びをしてみた。幸い、熱射病という感じでもなさそうだ。
バイトリーダーを探して、今日のバイト代が出るかどうか交渉しなくちゃいけない。半額くらい出たらいいんだけどな。