八月上旬。
今、自分がいるこの部屋は、今世紀最大といっても過言ではない熱気と湿気で溢れ返っていた。体中から滝のように汗が噴き出し、水分が失われていく。ストックしていた水のほとんどが底を尽き、少しアルカリ臭い水道水に手を付け始める。
焦って扉を開けようとしたらドアノブを破壊してしまい、今日買いに行く予定だったスーパーにも行けず仕舞い。冷蔵庫の中身は全滅。カップラーメンも昨日に最後の一つを食べてしまった。おまけにスマートフォンは充電し忘れ。隣は空き部屋。
「……あぁ、今日が俺の命日か」
空腹で思考能力と体力を奪われ、絶望しきった俺は天を、もとい天井を仰ぎ見る。
「くっ……ここが俺の墓場になるなんて、俺は、俺はぜってー認めねぇからな! クソ政府が‼」
政府の手違いで真夏の日中に行われたこの計画停電は、熱中症警報が出ているこの町を地獄のどん底へと陥れた。外からはしきりに救急車のサイレンが鳴り響き、人々の嘆きや叫びも時折この六階の部屋にも届いてくる。
一切打つ手がない俺は、がっくりと床に崩れ落ちる。
「おかん、おとん、おねえ、すまねぇ……どうやら俺は、ここまでみてぇだ……」
真っ白に燃え尽きた自身の姿を思い浮かべながら、床に寝そべり静かに目を閉じた。
しかし眠りにつこうとしたその時、自室の窓が勢いよく開いた。
そこには軍人が錘の代わりに使っていそうな大きなリュックを背負い、鬼の形相でこちらを見つめる悪魔の姿があった。
「だぁーれがオネエだってぇ~? この筋肉ダルマ‼」
「おねえ!?」
「あぁ?」
男よりも野太い重低音で迫力のある声が、部屋の温度を一気に下げる。
「姉ちゃん! 何で窓から!? 泥棒!?」
「下の人に頼み込んで非常用のはしご使わせてもらったの! マンションにはあるでしょ」
「……ホ、ホァー」
「え……まさか知らなかったの? ぷっ、ダッサw」
実姉は、実の弟をまるで下等生物でも見ているかのような性格の悪い笑みで見下してくる。哀れとでも、愚かとでも言いたげに。
こうして俺は命からがらこの地獄から脱出することが出来た。実姉になけなしのプライドをずたずたに傷つけられながらも。