梁根衣澄

文字数 1,781文字



≪生き残りが集う国で≫


 ある朝、目を覚ました僕の目に映ったのは、見慣れた部屋の古ぼけてくすんだ天井ではなく、見慣れない豪華な天井だった。



「僕、いつの間に引っ越したんだっけ?」


 これまた馴染のないベッドから体を起こすと、それを見計らったかのように、大きな扉がギィと音を立てて開いた。そして、扉の向こうから、黒いバトラースーツを身にまとった金髪の青年が現れた。彼の腰には、細剣が提がっている。……僕を殺す気なのか!?



「……誰だッ」


 僕は、警戒心を隠すこともせず、無表情で近づいてくる青年から羽毛の布団で身を守った。


「……こっち来るな。いったい何なんだ。目的を話せ!」



  青年は、あっという間に僕の近くまでやって来た。サファイヤのように青い瞳が、まっすぐにこちらを見据えている。僕は、身を守るアイテムに、ふかふかの枕を追加した。すると、青年はふっと笑って、

「…… Don't
be afraid of me, please」

 と、わけのわからないことを言った。



「は?」


 英語なんだな、とはなんとなく理解できた。ドント ビー……あとはわかんないや。


「もう一回言って。できれば日本語で。えーと、じゃぱにーず、じゃぱにーず、わんもあ?」



「Hahaha! That’s hilarious!」


 青年はひとしきり笑うと、先ほどの無表情に戻って、小さく頭を下げた。


「失礼しました」


「日本語話せるんじゃん。最初からそうしてよ、ビビるから」


「とはいっても、ここは英国……英語圏ですから。あなたもそうしているように、私も母国語で話したまでです」


「そうか、ここは英国なんだなぁ……って、どこだよ英国って! 僕は日本人だ!」



 昨日は、いつものように東京の古いアパートで眠りについた。なのに、目覚めたら突然英国にいるとか、わけわからないんだけど!


「いやいや、ご冗談を。まさか何も覚えていないなんて、そんなはず」


「覚えていないも何も、何が起こっているのかさえわかんないよ! 一から説明してくれ!」



「しかたないですねぇ。まず、世界が滅亡したのは知っていますか?」


「しらねーよ!」


 サラッととんでもないことを言うんじゃねぇ! こちとら寝起きだぞ!



「えー、じゃぁ、改造動物が隔離施設から脱走して、世界中がパニックになったのは? それが原因で、世界滅亡したんですけど」


「何だよそれ! 改造動物がいたこと自体しらねぇ!」



「あなた、本当にこの世界で生きてきたんですかぁ?」


「地球生まれ地球育ちだ!」


 異世界か? 一昔前に流行った異世界転生ってやつなのか? 僕は、改造動物が脱走して世界が滅亡した世界に来てしまったのか!?



「……待てよ、お前の……」


「アルフレッドです」


「あ、アルフレッドの説明じゃ、何で僕が英国にいたのかの説明がなってないぞ!」



「それは――」


 青年、いや、アルフレッドは少し考え込んだ後、にっこりと笑って肩をすくめた。


「まぁ、なんやかんやあったんですよ。日本で唯一生き残ったあなたの身柄は、我々が保護しました~ってことで! 今のこの国には、世界各国から、生き残りが集まっているのですよぉ」



「日本で唯一だって!? 日本語を話せるのは、もう僕しかいないのか!?」


「そうですね。まぁ、みんなそんなもんなので。仲良くやっていきましょうよ」


 アルフレッドは、ヘラヘラと笑う。世界が滅びたなんて、にわかに信じがたい。



「あ、アルフレッド……」


「フレッドでいいですよ」


「ふ、フレッド……、世界が滅びたって話が本当なら、外の様子を見せてくれよ」



「あ、はい。いいですよ。あなたが後悔しないならね」


 フレッドは、ベッドの傍にあった重たそうなカーテンを開けた。外の光が差し込んで、寝起きの僕は目がくらんだ。



「音を立てたら、改造動物に見つかるかもしれません。声は出さないようにお願いしますねー」


 忠告を聞いて、僕は窓の外をのぞいた。



 この直後、僕が知っている世界とはあまりにもかけ離れた惨状に、深い絶望と底なしの恐怖を味わうことになる。



 こんな世界で生きていけるのか……。言葉を失う僕に、フレッドはあくまで優しく、笑いかけてきた――

2019/06/26 10:15

harine428

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