三題噺のお部屋
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天使の梯子
沛然と大粒の雨が、六草霊園に降り注いでいた。整然と並ぶ暮石が強かに打たれ、硬質な悲鳴を上げているようだ。
雨に水溜りができた石畳の上を1人の少年が傘も差さず、雨具も身に着けずに佇んでいる。その両腕に抱えられたのは大量の薔薇と、傷だらけの右腕。ジェラルミンで造られ、最新の駆動装置を搭載した義手。その接合部は無残にも断ち切られ、機械内部が覗いていた。
少年はその義手を名前の彫られていない墓石の前に置くと、義手の手をそっと開き、薔薇を握らせた。
大粒の雨が少年と義手、そして薔薇を打つ。
薔薇は布を特殊に加工したもので造られ、雨に降られようとも、風に吹かれようとも、時の流れに殴られようとも、決してその姿が朽ちることはない。
少年は傷だらけの義手の接合部を慈しむように撫でた。
終わることのない戦争、進化する殺戮兵器、牽制、裏切り、大切な人を失う痛み。
少年の脳裏を過ぎる凄惨な現実。
心がひび割れる音が克明に耳朶を打ち、降り注ぐ雨音が散った仲間の叫びに聞こえた。石畳の水溜りが赤黒く見える。
平穏な情景はこの世界の片隅からすら追いやられた。
「もう、君とティーカップを打ち鳴らすこともできないんだね……」
草花が生い茂り、蔦のアーチを潜った先にある庭。白のテーブルと白のチェアーが思い出される。
「僕もすぐに……そっちへ行くさ」
死ぬことは怖くない。
「そして平和になった世界で、君にこの薔薇を渡そう。何年、いや何百年先になるかわからないけど、きっと僕の血の通った手で君の白くしなやかな手に直接渡してみせる。この薔薇が朽ちることはないのだから」
999本の薔薇。
いつのまにか雨は止み、雲間から一条の光が降りる。まさに地獄のような戦場に渡った天使の梯子は本当に神々しい。
daluinemui
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