舞神光泰

文字数 1,528文字

子供の笑い声で目が覚めて、妻が温かい食事を用意してくれている。

ああ、なんて幸せなんだろうか。

だからこそ、私は少し不幸になる必要がある。


「おはよう」


父親の挨拶にもかかわらず、娘はテレビに夢中だ。

この程度ではまだ不幸とは言えない。


「最近は金髪とかばっかりだな、パパが若い時は茶色と黒髪だったよ

あれはセーラームーンに対するアンチテーゼでありリスペクトの……」

「パパ、うるさい」


娘からのノールックの注意、なかなかなんじゃないだろうか。

これで、子供の分は中和された、次は妻の番だ。


「おはよう」

「早く食べちゃって片付かないんだから」


これはいたって普通の夫婦の会話だ、むしろ幸せよりと言える。

夫婦の間を壊さず、傷つけず、自分だけがちょっと傷つくその塩梅は私クラスの人間になってもまだ難しい、

明日には忘れているようなそんな子猫の甘噛みのような微妙な傷を自分にだけつける、

どこを糸口にしようか。

雨続きで肌寒いのか、妻はセーターを着ている。ここに旗を立ててみよう。


「そんなに寒い? セーターなんて」

「ああ、ちょうどいい洋服がなくてフリマに出そうとしてたの着ちゃった」


悪くない滑り出しだ。


「いま、セーターは売れるかな?」

「オフシーズンの方がセールとして出してる感があるし、意外と買うわよ」

「そこ毛玉があるけど、とって大丈夫?」

「どこ? 毛玉は引っ張らない方がいいからハサミで切るわ」

「ずいぶん丁寧だね、毛玉バリカンみたいなのなかったっけ?」

「あれ以外とダメなのよ、手で引っ張るのとあんまり変わらないし」


ちょっと悪い方向へ流れてきた妻の会話の節に無駄な会話へのいら立ちが見える。


「へぇ、そういえばさ、毛玉ってなんで出来るか知ってる?」

「擦れるからじゃないの? 洗濯すると毛玉になるし」

「そうなんだけどね、洗濯だけじゃないらしいんだ、静電気でもなるんだって」

「へぇ」

「アメリカのプログラマーがね、毎日同じセーターばっかり着て

パソコンの前で仕事してたんだって」


妻は興味を失ってお茶を注ぎ、テレビを見る娘に目線がいっている。

「マナ、あんまりテレビに近づきすぎちゃダメよ」

「はーい」


それでもまだ私は話を続ける。


「そのプログラマーはセーターを洗濯せずにずっと着てたんだけど

ある日気が付いたら毛玉だらけだったんだよ」


「彼は目が疲れた時に、仕事をとめて毛玉をちぎってたんだけど

毛玉をちぎるのが面倒になって、なにをしたと思う?」


アニメがエンディングを迎える。

「ママ、いっしょにおどるからとって」

そいういうと妻は待ち構えていたようにスマホのムービーを起動させた。


「使えなくなったパソコンのファンを取り出して、毛玉バリカンを作ったんだよ」


妻が私を見ずに手を2回シッシと降る。

私は小声で「まぁウソなんだけどね」と呟いた。


娘の踊りはこないだ見た時よりも上達していた。

愛らしい時間が過ぎる。


「なにか話してたっけ?」


妻がなにか思い出したようにコチラを向く。

私は用意していたハサミを取り出し。


「毛玉を切るところだったんだよ」

「ああ、そうだったわ、ありがと」


どうだろうか、ちょっとだけ傷を作ってみた。

これで幸運の女神も私なんかからは目を離してくれるだろう。


私の不治の病は毛玉のようにまたポツポツと現れる。

だけど私はこの毛玉をあえて手でむしり取らなければいけないのだ。


休日には幸せが溢れている。

溢れている幸せをこぼしてしまわないように

私はなるべく自分が不幸であるという風に装い

幸運の女神を騙すという行為に励んでいる。

女神様はとてもヤキモチ焼きで、すぐに幸せなものから幸せを奪って

他人に振りまいてしまうものなのだ。

不毛だとは思うが、そういう不治の病なのだから仕方がない。


不毛なのに毛玉とはこれ如何に。



作 舞神 光康


2018/06/18 23:52

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