千石京二

文字数 969文字

 ぎりぎりぎりぎり、


 歯車が回っている。歯車同士が噛み合っているから機械が動いているのだろうが、きちんと噛み合っているならばこのような耳障りな音がするとはとても思えなかった。だが、歯車は二つではない。数え切れないほどあるのだ。僕が右を見ても左を見ても、歯車がついている鉄の壁はどこまでも続いており、壁を見上げてもそれは同じであった。無数の歯車が、二つずつ、三つずつ、あるいはそれ以上の数で噛み合って、この壁のような巨大な機械を動かしていた。これだけの数の歯車があれば、異音が出てもおかしくはないのだろう。たぶん。


 ぎりぎりぎりぎり、


 僕がこの工場に勤め始めてから一ヶ月が過ぎた。高校を卒業して成人するまで二年弱、家で引きこもって漫画などを読みながら過ごしていたのだが、働かない僕に業を煮やした親が知り合いのツテで無理やり就職させたのだ。この大工場に。給料はそこそこだった。福利厚生もないわけではない。待遇に不満が言えるほどの立場でもないが、やはり歯車の音は苦手であった。


 ぎりぎりぎりぎり、


 働き始めて一ヶ月経っても、この耳障りな歯車の音に慣れるとは到底思えなかった。歯車の音がうるさいからと言って耳栓を着けている先輩も居たが、まだ仕事に慣れていない僕が耳栓をするわけにはいかなかった。音の変化を聞かずにこの仕事をうまくやるには、熟練の技術が必要であった。


 ぎりぎりぎりぎり、


 僕は溜息をついた。そのかすかな嘆声すらも、全て歯車の音に呑まれてゆく。




 ぎりぎりぎりぎり、ぎち、ぎち、


「おっ」


 音が変わった。


 僕はそれを合図にして、作業服の胸ポケットからリモコンを取り出す。『STOP』の文字が並んだ赤いボタンを押し込んだ。


 歯車の音が止んですっかり静かになった工場内に、うぃーん、という動作音が響く。


 機械に取り付けられた小さな扉が開いた。完成品がその扉から出てくるのだ。




 にゃあ。


 茶トラの猫が、こちらを見ながら小さく鳴いた。僕は尻ポケットから鳥ささみ味のちゅーるを取り出し、封を切って差し出す。水曜日に製造されるのは原則成猫であるから、子猫用のミルクでなくとも大丈夫であろう。


 猫はちゅーるを美味そうにぺろぺろと舐めた。




 歯車の音は嫌いだが、猫を製造する仕事は嫌いではなかった。






千石 京二


 

2018/01/23 12:00

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