タイトル:ほおるもん
ペンネーム:あじふらい老師
むかしむかし、あるところの2人の男がおりました。
「なあおめえ、"ほおるもん"って食ったことあっか?」
「放るもん? そんなもの食ったら腹壊すべ」
「ちゃうちゃう、放るもんじゃなくて、”ほおるもん”だ」
「同じでねえか」
「ぜんぜんちゃう。”ほおるもん”は肉の一種だぁ。この前隣町にいったときに食ったんだ」
「ほう、うめがったんか?」
「そりゃもうな! 最初は白くてな、ぐにぐにしてんだけど、火が通るとな、いい感じのきつね色になってな、外はコッリコリで、中はぶっりぶっりていう噛みごたえになんのよ! 噛みごたえあっからなんかいも噛むことになんだけどな、噛む度に中から肉汁つうの? うまいエキスがでてきてな、もうたまらんのよ!」
「ほー……そりゃたいそううまそうだな」
「おめえ明日暇だべ? 一緒に隣町に食いにいがねが? おめえに話したらおらまだ食いたくなっちまった!」
「いかん」
「……なしてだ? 今うまそうつったべ?」
「たしかに、おめえの話きくとうまそうだったけどな、おめえの話を聞いて思ったってだけで、実際にうめえどうがは話が別だ」
「あーんれま、でもおめ。家さいでも寝てるだけだべ?」
「隣町までいってうまぐねえもん食うぐらいなら、ねでるほうマシだ。実物も見たことねえもんのために、わざわざ隣町まで行く気なんてしね」
「おめえほんとモノグサだべなあ」
「なんとでも言え、おらは失敗するんのがとにかく嫌なんだ。ほれ、けえれけえれ」
男2人はこのような会話をよく交わしておりました。
1人の男はモノグサというか、偏屈な男でありまして、もう1人の親切な男があれやこれやと連れ出そうとするのですがいつもこんな調子です。
さて、次の日。
また同じ時刻に親切な男がやってきました。
「よっ! あんら、おめぇまだ寝てだの? もうとっくに日もおちてんぞ?」
「……おめえか、別に何時まで寝ててもおらの勝手だろ。用がねえならけえれ」
「まあまあ、そう言いなさんな。ほれ、おめにお土産だ」
「……なんだこれ、万華鏡か?」
「んだ、隣町で買ってきたんだべ」
「はー……こんなん貰うよりこれ買う金もらったほう嬉しかったわ。何の役にもただねえべ、これ」
「ははは! おめど一緒だな!」
「なんだと!?」
「じょーだんだ、じょーだん! そんなマジになんなって。その万華鏡な、普通のとはちょっと違うのよ。なんとな、その人がみてえど思ったもんが見えんのよ」
「はあ? おめえ頭おがしいんか?」
「骨董品屋の婆様がそう言ってんだべ! なんでも外国の品らしいぞ、やっぱ外国はなんでもあんだなあ!」
「婆様に騙されただけだ」
「ままっ、いいから! おめえ”ほおるもん”は実物みたことねえから食う気しねえって言ってたべ? それで見てみって。実物みればおめえも気が変わるぞー!」
「あほらし、ぜったい覗かへんわ」
「ははっ! んじゃおら帰っから! 気が変わったら覗いて見てなー! あ、そだ。もし万が一万華鏡の中から実物の"ほおるもん"出てきても、ぜったい食っちゃなんねえぞ? なんかそういうこともあるって婆様言ってたからな」
「そんな話し、今時小学生でも信じねぞ?」
と親切な男は忠告を残して、帰っていきました。
それから数時間後、日もどっぷりと落ち、もう普通の人は寝る時間となりましたが、夕暮れまで寝ていた男に眠気はありません。
手持ち無沙汰になった男は、万華鏡のことを思い出しました。
「……まあ、見てみっか。なんも見えねえだろうけど、今度あの男が来たとき、文句いってやんねえとな」
と男は1人ごちると、万華鏡を覗き始めます。
「ほーれ、なんも……ん……ンンン?」
万華鏡の中には、なにやら白い物体が見えました。
男は妙だとおもって何度も万華鏡を回してみます。
すると、景色が変わり、その白い物体は七輪の上に乗っておりました。
男はさらに万華鏡を回します。
すると七輪の上に乗った白い物体は、油を滴らせながら焼けていくではありませんか。
「――ははぁん、最初からこういう絵になってんだな? なにが見たいと思ったものが見えるだ、手のこんだイタヅラを」
男はその確信を確かめるべく、万華鏡を回し始めました。
しかし、いくら万華鏡を回しても終わりが見えません。
白い物体はどんどんと油を滴らせ、狐色になっていきます。
それがなんとも食欲をそそる色です!
さらに不思議なことに、ジュージューと肉の焼ける音まで聞こえだしました。
「だ、だまされねえぞ! この音は幻聴だべ、きのせいだ、きのせい!」
男は急いで万華鏡を回しはじめました。
一刻もはやく、最初の絵に戻って欲しいとおもって!
しかし、回せども回せども、肉が焼ける絵が続くだけです。
ついには香ばしい匂いまでしてきました。
「うおおおー!! これも幻臭だべー!!」
男はもう無我夢中で万華鏡を回します!
肉はどんどんと香ばしい狐色になっていき、音と匂いがどんどん強くなっていきました!
視覚、聴覚、臭覚が食欲を訴えます!
今万華鏡で見ている物が、親切な男が言っていた”ほおるもん”であることは明らかでした!
男の言うとおり、とても美味しそうな食べ物です!
狐色の焦げ目はカリカリとしていることはわかりましたし、ぷるぷるとした肉が、てらてらとした油を弾く感じからも、弾力のある噛みごたえを伺わせていました!
グウウー!
と、男の腹がなったとき、万華鏡の景色は一面黒になりました。
それからは、もう万華鏡を回しても、景色が変わることはありませんでした。
「な、なんだったんだべ……」
男はたいそう疲れた様子で、万華鏡を外しました。
すると目の前のテーブルに、今見た"ほおるもん"が、お皿にのっているではありませんか!
実に食べごろです!
男は怪しいと思う心よりも、親切な男の忠告を思い出すよりも、食欲のほうが勝ってしまい、その”ほおるもん”に箸を伸ばしました。
箸でつかんだ瞬間、肉がぷるるんと揺れました。
もう辛抱たまらず、男はそれを口の中に入れました!
――ジャリ。
しかし、伝わって感触は、とても不快感のあるでした。
「……げえええ! っぺえ! ぺえええ!」
男は急いで、今、口に入れたものを吐き出しました。
そこにあったのは”ほおるもん”などではなく、ただの砂でした。
「ガラガラガラ!!! っぺええええ!!」
舌の上にたっぷりのった砂は、吐き出しても残り続け、男はしばらく悶続けたのでした。
――それからというもの、男は"ほおるもん"を見るだけでにこの日を思い出し、
口の中が砂の感触でいっぱいになってしまい、"ほおるもん"をたいそう嫌いになったそうです。
失敗をしたくないという思いが、本当の失敗を引き寄せてしまうというそんなお話でした。
めでたしめでたし。