三題噺のお部屋
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『海の藻屑』シズム
桜が花を咲かせ始めた四月某日。
家族よりも大切だった友人との約束を果たすため、十年振りに地元に帰って来た。早朝だから人通りはなく、朝日は目が眩むほどに輝いていた。
懐かしい街並を眺めるのも程々にして、思い出深い海岸へと足を運ぶ。昔は美しく輝いていた海はすっかり濁り切っており、とても泳げそうになかった。浜辺も不法投棄されたゴミで溢れ、強烈な異臭が鼻をつく。そんな最悪な環境の中を歩いていく。海に向かって真っすぐと。腕に小さくなった友人を抱えながら。
踏み入れた足に、冷たい温度が広がっていく。どこからか漏れたオイルが海面に漂い、七色に光って足に纏わりついてくる。目でオイルの出所を追うと、海面から少しばかり頭を覗かせた車が目に入る。なんとなくそれに近付いてみると、塗装ははがれサビも酷いようだが、元は黒塗りの高級車であったことが分かった。車の先端に立派なオブジェのような物がついていたし、何より閉じ切った車内におびただしい数のドル札が浮かんでいる。素人目に見ても、百万ドルは確実にあるはずだ。普通だったら喉から手が出る程欲しい金額だが、水にふやけ今にも破れそうなそれらには、それほどの価値があるとは思えなかった。
価値のあるものもいつかは壊れる。
最後の最後で、そんなことを言われたような気がする。いつの間にか友人は海に沈み、海面も自分の首の所まで来ていた。
「約束通り、思い出の海だよ。朝日だって悪くないだろう? 君の好きな夕日にだって負けないさ」
届くはずのない言葉を、独り言のように呟いた。
そして口が沈み、鼻が沈み、何も見えなくなっていく。肌を刺す海水の冷たさを感じながら、漂う海の藻屑になった。
僕らにも価値があったのだろうか?
音にならない問い掛けに、答える誰かはいなかった。
CHIHIRO_F
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