大学構内にある女子寮へ帰るため自転車を走らせていたあたしは、人だかりを見つけて思わずペダルを漕ぐ足を止めた。
緩やかな芝生の坂を下りたところには細い川が流れているのだが、そこに人だかりが出来ている。
つい野次馬心でその輪に近づいて行って声を掛けられた。
「瑞希くんも興味があるのか?」
不必要に筋肉質な男を見て、しまったと思う。オカルト研究会、通称オカ研の会長、日野先輩だ。
別にこの人が嫌いというわけではないのだが、日野先輩がいるならよくわからないオカルト現象が一緒にあると思ってげんなりしてしまう。
「日野先輩、楽しそうですね」
少し嫌みっぽく言うが、先輩はまるで気づいていない。
「すごいんだよ。瑞希くんも見るといいよ」
先輩について人混みの最前列へ行くと、確かにすごい光景が広がっていた。
細い川を塞ぐように巨大な岩が鎮座している。
「昨日の夜はこんなのなかったのに」
「そうなんだよ。オカ研はこの近くで夜通しUFOを呼ぶ儀式をしてたけど、昨夜はだれも見ていない」
いや、なにしてるんですかという言葉は飲み込む。奇行はいつものことだ。
「つまり今日誰かが運んだって事ですよね」
それにしてもなんのためにこんなことを。運ぶのだって大変だろうに。
「誰が撤去するの?」「逆に触ったら怒られそうじゃね?」「どっかの研究室で使うんじゃないの?」と周りは結構深刻そうだ。
「どう思います、日野先輩」
あたしの問いかけに先輩は深刻そうな顔で声を潜めた。
「隕石、というのが有力説なんじゃないかと思う。もしくは――」
先輩が何か重要な事を打ち明けるように溜めを作った。
「これはUFOなんじゃないだろうか」
どっちもねえよ。
突っ込みたいが、一応先輩なので我慢する。
「まず、隕石ってあり得ないですよ。この大きさが落ちてきたらこの辺跡形もないですって」
岩は直径が1メートル以上あるが、周りの芝生は全く乱れていない。
日野先輩は大きく頷いた。
「理にかなっている。つまり、これはUFOということだな」
「いや、だから……」
「まさか昨日の儀式が成功するとは」
日野先輩は感慨深そうだ。
そのとき、風が吹くのと同時に巨大な岩が宙に浮いた。
「えっ、うそ!?」
まさか本当にUFOだとでも?
「あ、あったあった。すみませーん」
人垣をかき分けて小柄な女子が前へ出てくる。
そして浮いていた岩を両手でひっつかんでたぐり寄せた。
「あーん、びしょびしょ。作り直しだよ」
女の子は半べそをかきながら、人混みにペコペコ頭を下げている。
「お騒がせしました。あ、こんなとこで宣伝もなんですが、次の公演見に来てくださーい」
「公演?」
あたしは首をひねる。
「演劇部なんです。これ、小道具。あ、大道具?」
女の子は岩を引きずって校舎へと消えていった。人混みもなんとなく解散していく。
「思い込みって怖いですね」
岩だと思い込んでいるから誰も触らなかった。動くはずがないと思っているから。
つついてみればすぐにそれが張りぼてだってわかったのに。
「俺のUFO……」
日野先輩が悔しそうにつぶやいた。