ヤドナシ

文字数 594文字

『鍋の中身』 ヤドナシ


「何作ってるの?」


美味しそうな匂いに釣られて二階から降りてきた私は、鍋の中身をかき混ぜていた彼に尋ねた。

「美術館だよ」

美術館? 料理の名前? 混乱する私に、彼は「おいで」と手招きする。

「ほら、もうできあがる」

鍋の中身は、色んな絵の具を一気にぶちまけたような見た目をしていた。はっきり言ってグロテスクだ。そのくせ、匂いを嗅ぐとすごくお腹が減ってくる。

「これ……料理なの?」

「料理だよ」

いや、私の知っている美術館はクッキングするものじゃない。いったい鍋の中で何が起こっているんだろう?

続けて質問しようとすると、彼は人差し指を口に当てて「もう少し見ていて」と訴えてきた。仕方なく、黙って中身を見つめていると、グロテスクな見た目だった液体が徐々に透き通っていく。

おたまでかき回された液体がゆっくりと動きを止める頃、海の上を漂う小さな浮き輪が映っていた。またかき混ぜると、今度は一面の雪景色が映される。さらにかき混ぜると、すっかり赤くなった紅葉の木が……たくさんの絵が、次から次へと鍋の中に現れては消えていった。

そう言えば、どれも一緒に見たことがある風景だ。いつか、キャンパスに描いたことがあったかもしれない……最後に、私と彼の顔が映る。思わず、目を見合わせると、同時にお腹がグーっと鳴った。

「そろそろ食べようか」

笑いながらお皿を出す彼に、私も噴き出しながらスプーンを出した。
2021/04/08 11:28

yomogi

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