第64話 黒瀬と虎之助
文字数 2,160文字
「夜叉さんが来たって!」
鬼塚と川島は驚いて、ほぼ同時に聞き直した。
「そうです。一階の受付から連絡があって、もうすぐ社長室にいらっしゃるそうです」
秘書は冷静に答える。
「どないしょ、逃げようか?」
アイコスを持ちながら、慌てる鬼塚。
「逃げてどうなるんですか、ちゃんと応対しましょう」
冷静に鬼塚を諭す川島。
「ああ、そうやな。どしっと構えとこ」
落ち着きを取り戻した鬼塚は、ソファに座り再びアイコスを吸い出した。
その時
ガチャ
扉の開く音がして
「鬼塚は居るか?」
と、男の低い声が聞こえてきた。
ーー夜叉の声や、どないしょーー
鬼塚は、ビビってアイコスを落としそうになった。
「鬼塚社長は、こちらです」
川島が夜叉の応対をしている。
「おお、鬼塚。久しぶりやなぁ」
中年の上品な紳士が入って来た。
「おっ、お久しぶりです、お義父さん」
ぎこちなく、鬼塚が挨拶を返す。
夜叉の外見は、ぱっと見は気品のある紳士だが、よく見ると神々しいオーラが漂っており、近づき難い雰囲気がある。
「なんでワシが、ココに来たか分かるか」
鬼塚は、いきなり難しい質問をされた。
ーーそんなもん、わかる訳ないやろーー
と、思いながらも
「優子に会いに来たとか」
自分の嫁であり、夜叉の娘の名前を出してみた。
「違うな」
ーーしまった、間違えたーー
部屋の空気が凍りつき、室温が20度ほど下がったような気がした。
ーーもう次は、間違えられんーー
「じゃ、レムリアの事ですか」
と、言いながら鬼塚は、夜叉の顔色を、チラチラと伺う。
「まあ、良いやろう、レムリアの事もあるからな。実は、白鬼の件や」
ーー良かった、ギリギリ間違わなくてーー
鬼塚は、ホッとした。
「鬼塚。お前、なにホッとした顔してんねん。白鬼のことは重要やぞ」
またもや、寒気が襲って来た。
「すいまへん。白鬼さんが、どうかしはりましたんでっか」
「大阪はワシの担当地区や、ほんで、今はお前に任せとる」
「そうですね」
「なのに、最近はレムリアを使って何か企んどる。この前なんか、白鬼自身も大阪で目撃されとるしな」
「目的は、何なんでっか?」
夜叉は一度、目を閉じてから
「それが分らんのだ。とりあえず、また大阪に白鬼が現れたら、すぐにワシに報告するんだぞ」
と、鬼塚に指示した。
「わかりました。でも、レムリアは誰かに殺されたみたいでっせ」
「なんだと、誰に殺られたんや」
夜叉は知らなかった様で、驚いている。
「国際電器保安協会かDSPの連中だと思うのですが、私の予想ではDSPの小娘が怪しいでんな」
「なんだ、その小娘は」
「それが、意外と強い小娘で、我われも手を焼いてるんです。国際電器保安協会の幹部も、かなり倒されているようです」
鬼塚が説明する。
「なるほどな。まあ、レムリアが殺されたのなら、白鬼に動きがあるかもしれん。大阪で何かあったら、真っ先にワシに言うんだ」
威圧感のある口調で、鬼塚は息苦しく圧迫されながらも
「わかりました」
と、答えた。
難波のフレンチレストランでは、いつもの事ながら、黒瀬が虎之助に奢らされていた。
虎之助は、短パンに大きめのTシャツ姿で、見た目だけは非常に可愛らしく、料理を美味しそうにムシャムシャと食べている。
毎回、奢らされて面白くない黒瀬は、若林が虎之助とデートしたがっている事を思い出し、奢り役を代わってもらおうと思いついた。
「そういえば、若林が虎之助さんと、2人で食事に行きたいって言ってましたよ」
と、おもいきって言ってみた。
虎之助は、チラッと黒瀬の顔を見て
「若林はタイプじゃ無いでござる」
意外な返答が返って来た。
ーー若林がタイプじゃ無い?じゃ、俺は何でいつも奢らされるんだ。まさか、俺の事がタイプなのか。自慢じゃ無いが、俺は女にモテた事が無い。しかし、性格は別として、可愛らしい娘に好かれるのは、悪い気はしないがーー
などと、黒瀬が考えていると。
「黒瀬。今、お主が考えている事を、当ててやろうか」
虎之助が、じっと黒瀬の顔を見ている。
ーーなんだこいつ、まさか読心術が使えるのか?変な事を考えてたので、バレたらヤバいーー
黒瀬は急に恥ずかしくなった。
「お主は、向かいのカフェで、拙者と一緒に紅茶とケーキが食べたいと思っているでござるな」
自信ありげに、虎之助が指摘した。
ーーなんだ、思っていた事と全然違うじゃないか、読心術では無かったか。しかし、この娘、まだ俺に奢らすつもりだなーー
ホッとしたのと、また奢らされるのかという思いが、同時に襲って来た。
「いえ、別に、そんな事は思ってませんよ」
黒瀬は、本心を言い切った。
虎之助はバックの中から、短刀を取り出して
「いいや、思ってたでござる」
と、低い声で脅すように言った。
「わっ、わかりました、思ってましたよ」
ーーこの娘は、平気で鬼を殺すからなぁーー
殺されるよりはマシだと思い、黒瀬はあきらめた。
「では、さっそくカフェに行くでござる」
虎之助は黒瀬の左手を引っ張って、カフェに連れて行こうとする。
「早く行くでござる」
満面の笑みを浮かべながら、虎之助は黒瀬を急かす。
ーーくっ、見た目は、確かに可愛らしい娘だが、なぜか納得がいかんーー
しぶしぶ黒瀬も、財布を出しながら立ち上がった。
結局、黒瀬は虎之助に奢らされ続けるのであった。
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