第15話 お師匠様の登場でござる
文字数 3,431文字
「はぁ」
スーパーのレジ打ちのパート中に霊鬼は、ため息をついた。
また、失恋してしまったのだ。
パチンコで負けてばかりいる彼氏が、暴力を振るって来たので軽く叩いたら、窓ガラスを突き破って、ぶっ飛んで行ってしまった。
それ以来、3日も連絡がなく、コチラから電話しても出てくれない。おそらく逃げられたのだろう。
「この、グレープグミは美味しそうでござる」
「いや、姉さん、この『男汁グミ』の方が良いんちゃいますか」
高校生ぐらいの若い男女が、楽しそうにお菓子を選んでいる。
「小太郎こそ、この『豚肉味アイス』を買うでござる」
「そんなキモい物、嫌ですわ」
2人でゲラゲラ笑いながら、お菓子を選んで楽しそうだ。
ーーなんか、この2人ムカつくわーー
失恋したばかりの霊鬼にとっては、腹立たしい光景である。
「オバはん、コレおくれ」
男の方が、レジにお菓子を持って来た。
ーーオバはん、って。こいつ後で殺すーー
霊鬼はレジを打ちながら、女の方は、どこかで見たことがあるなぁ、と思った。
ーー誰だったかなぁ…………そうや思い出した、鬼塚が言ってたDSPの小娘や!ーー
「みんな、紹介するわ。京都DSP[デビルスペシャルポリス]から来た、伊賀栗の助さんよ」
DSPでは、不在である安倍顧問と左近の代理として、京都DSPから転生者が応援に来てくれたのである。
紹介された転生者は、イガグリ頭の冴えない中年男であった。
「拙者は伊賀栗の助だ。よろしくお願いし申す」
「俺は小太郎、最強の剣士です。こちらが虎之助姉さん、って姉さん居ませんやん」
「虎之助は、どこに居るのよ?」
桜田刑事と小太郎が、食堂まで探しに行くと、虎之助がテーブルに座り、スマホの動画を見てゲラゲラ笑っている。
「姉さん、何の動画を見てはるんでっか?」
「桜田と狂四郎が、カフェでタピオカミルクティーを飲んでいる動画でござる」
「どこから、そんな動画が」
顔を真っ赤にしながら、桜田刑事は虎之助からスマホを取り上げた。
「こんな動画は、消去します」
「ひどいでござる。せっかく式神のキツネに頼んで撮って来てもらったのに」
「ちょっと岩法師さん!なんでキツネを虎之助に貸すのよ!」
「いや、拙僧は貸した覚えはないぞ。なぜか最近、キツネと虎之助が仲良くしているとは思っていたのだが」
「なるほどね、桜田刑事と狂四郎は出来てはったんか。知らんかったわ」
バキッ!
感心している小太郎のアゴに、桜田刑事の左フックが的確にとらえた。
「出来て無いわよ!」
「クフッ」
小太郎は、その場に崩れ落ちる。
「小太郎!大丈夫でござるか?」
「だっ、大丈夫では、ありまへん。脳がやられました」
「あのぉ、拙者の紹介の途中なんだけど」
伊賀が、遠慮しながら言った。
「すいません、見苦しい所を見せてしまって」
桜田刑事が、赤くなったまま謝まっている。
「改めて紹介するわ。伊賀栗の助さんよ」
「お師匠様!」
いきなり、虎之助が栗の助に抱きついた。
まわりは全員、唖然としている。
「いきなり、お師匠と言われても。誰だね、この娘は?」
「唐沢虎之助でござるよ!」
「唐沢虎之助?はて、拙者が知ってる虎之助は、確か男であったが」
「転生したら、なぜか妹の千代の姿になってたでござる」
「なんと!そういえば、お主には、妹が居ると言っておったな」
「そうでござる。見た目は千代だが、中身は虎之助でござる」
「そうだったのか。虎之助、たくましくなったな。というより、小さくて貧弱になったな」
「栗の助さんって、虎之助の師匠だったの?」
桜田刑事や他のメンバーは驚いている。
「どうやら、その様ですな」
栗の助は、とまどいながら答えた。
「姉さんの、お師匠か。きっと凄い人なんやろな」
「お師匠様は、イガグリ頭の伊賀者と言われるほどの、伝説の忍者だったでござる」
「その説明では、イマイチ凄さがわからんが、よかったな虎之助。師匠と再会できて」
岩法師が優しく言った。
虎之助は嬉しそうに、ニコニコしている。
「姉さん、良かったでんなぁ」
小太郎も笑顔である。
「安倍顧問と左近君が不在の間は、この栗の助さんが居てくれるから、みんなよろしくね」
桜田刑事が、改めて栗の助を紹介した。
「まあ、拙者が来たからには、戦艦大和のような、大船に乗ったつもりで居てくれたまえ」
「お師匠様は、タイタニック号並みの大船でござる」
虎之助は、大喜びである。
ーーバカか、戦艦大和にタイタニックって。両方ともすぐに沈んでるしーー
狂四郎は、なぜだか嫌な予感がした。
「どうしたの狂四郎君。元気が無いみたい」
桜田刑事が、心配して声をかける。
「ええ、ちょっと気分が優れなくて。少し休めば大丈夫だと思います」
奈良の飛鳥では、安倍顧問と左近が修業に、はげんでいた。
「どうだ左近。式神の調子は?」
「順調です」
「そうか。お前の集中力なら覚えも早いだろう」
「おかげさまで、ある程度の式神なら出せるようになりましたよ」
「さすがだな、俺の思っていた通りだ」
そんな2人を、怪しい男たちが監視していた。
奈良の鬼武者部隊と、牛鬼こと若林である。
「ヤツら、わざわざ奈良まで来て修業するとは、いい度胸だな」
奈良鬼武者のリーダー格である、加藤は面白くない。
「なにやら式神を呼び出しているようですね」
若林は、慎重に2人を観察している。
「今、全員で、かかれば倒せます。やりましょう」
鬼武者の一人が提案すると
「殺るか」
加藤は決断した。
「左近、なにか感じないか?」
「ええ、鋭い殺気を感じます。おそらく鬼どもでしょう」
「来るぞ!」
安倍顧問と左近は、鬼の襲撃にそなえた。
「左近、よく見ておけ。俺の最強の式神を呼び出す」
安倍顧問は一枚の御札に念を込め、鬼の方に向かって投げつける。
御札は、みるみるうちに巨大な龍の姿となり、鬼武者たちを襲いだした。
「なんですか、あの式神は」
「オロチだ。ここのような、広い場所でしか使えんがな」
オロチを見て、若林も牛鬼に変化し戦闘に加わった。
オロチが牛鬼を抑えている間に、鬼武者たちが、こちらに襲って来る。
「私もやってみます」
左近が複数の御札を取り出し念を込めると、3体の天狗が現れ鬼武者に襲いかかった。
「一度に3体も出すとは、やるな」
安倍顧問は、左近を褒めた。
「安倍さんの、指導のおかげです」
鬼武者と天狗・安倍・左近の戦闘が始まる。
左近は、さらに河童の式神も3体出して、安倍顧問を驚かせた。
左近の天狗と河童の戦闘力は凄まじく、鬼武者たちを圧倒し始めた。
やっとの事で、オロチを倒した牛鬼が、鬼武者たちの加勢に来たが、安倍顧問が新たに巨大武者の式神を出したところで、戦意を失ってしまった。
「一旦、引くぞ」
加藤が指示を出すと、鬼武者たちは一目散に逃げて行く。
「情けない奴らだな」
若林も仕方なく、しぶしぶ退却して行った。
「やったな、左近」
「ええ」
と、返事はしたものの、左近は精神力を使い果たしたようで、倒れこんでしまった。
「おそろしく上達したな。後は持続力さえ付けば完璧だ」
安倍顧問は、左近の上達の早さに感心していたが、ふと、不安がよぎった。
大阪支部にも、襲撃があるかもしれない。
「一応、大阪にも連絡しておくか」
スマホを取り出し、桜田刑事に電話をかけることにした。
安倍顧問から、連絡を受けた桜田刑事は
「一度、阿倍野に鬼が出ましたが、虎之助が、やっつけたから心配いりませんよ」
と、答えた。
「虎之助が……」
「それに、京都から、伊賀栗の助という転生者が応援に来てくれているので、しばらくは大丈夫だと思います」
「栗の助だと!」
「なにか問題でも?そうだ、栗の助さんは転生以前は、虎之助の師匠だったそうですよ」
「なんだと!」
「どうしたんです?なにか様子が変ですけど?」
「京都のヤツら、厄介払いしやがったな」
「どういう事です?」
「栗の助は腕は立つが、一緒に行動した同僚が不振な死を遂げることが多く、京都DSPでは要注意人物になっている」
「ええっ、なんでそんな人を応援に?」
「証拠が無いからだ。手強い鬼が多い京都では、栗の助を使い続けるのはリスクが高い。だからといって、証拠も無いのに解任する訳にもいかない」
「でも、同僚の死と栗の助さんは、無関係かもしれないですよね?」
「確かに、そうだ。だからこそ厄介払いされたのだ」
「どうしますか?」
「俺だけでも出来るだけ早く戻る。それまで岩法師の式神に、栗の助を見張らせておいてくれ」
「わかりました」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)