第1話 転生したでござる
文字数 4,536文字
時は慶長20年(西暦1615年)大阪夏の陣が終結し、ついに大阪城は陥落した。
大阪方にいた虎之助は必死に逃げていたが、追っ手である徳川の忍びに囲まれてしまった。
右に2人、後ろに3人いる。
虎之助はふり返り、後ろにいる3人に向かって刀を横に斬りつけ2人を倒したが、自身も右腕に傷を負ってしまった。相手も相当な手練である。
もはや、拙者もここまでか。否、あきらめてはいけないでござる、千代に会うまでは。
虎之助には、病に伏せっている千代という妹がいる。千代の病を治すためには大金が必要だが、虎之助には、わずかしか蓄えがない。
忍びの腕には自信があったが、戦国の世も終わり、どの雇い主も、たいした金は払ってくれなくなってしまった。
そんな時に、大阪城の実質的な管理者である大野修理が腕の立つ者には大金を払ってくれると聞き、虎之助は真っ先にかけつけた。
ある程度の武芸を見せると、大野様は気前よく大金を払ってくれた。だが、その大野様も大阪方が敗れたため、自害されたと聞く。
実家からの便りでは、虎之助が送った金で千代の病は改善しているらしい。どうしても、ひと目、元気になった千代に会いたい。
しかし、この三日間ほとんど何も食べていないので、身体から力がでない。
拙者は、こんな所で死ぬ訳には、いかないでござる。
忍びの一人が分銅つきの鎖で虎之助の足を絡めとった。虎之助はかまわず、その忍びの方へ走り素早く斬り捨てた。
5人いた内の3人が殺られたので、残りの2人が一瞬、動揺する。虎之助は、そのスキを逃さず、2人とも縦にぶった斬った。
だが、敵を倒した安堵からか、力が抜けた虎之助は、その場に倒れこんでしまった。
しばらく、そのまま休んでいたが、なぜか手足に痺れがあり気分も悪く、意識が遠のいてくる。
「しまった!やつら、刀に毒を塗っていたでござるな」
右腕に傷を負わされたとき、忍の刀に毒が塗ってあったようだ。
少々の毒では、特殊な訓練を受けた虎之助を殺すことはできないが、この毒は特別強力な鬼殺しといわれる猛毒であり、敵の忍びが虎之助用に準備していた物であった。
意識が、もうろうとしていると、2つの人影が近づいて来る。
「最強の忍びと言われた唐沢虎之助も、死ぬ時がきたな」
男の声がする。
「虎之助、そなたは、この世に思い残すことは無いか?」
次に、女の声が聞こえた。
「ある‥で、ござる」千代に会いたい。虎之助は蚊の鳴くような声を出した。
「では、一言『無念』と唱えるのです」
女が、ささやく。
「むね‥‥ちよ」
「違うでしょ!『むねちよ』じゃなくて、『無念』よ!」
女が怒鳴って、虎之助の胸を激しくゆする。
反応が無いので、虎之助の顔をのぞき込むと、すでに息絶えていた。
「どうしましょ?この男『むね…ちよ』と言いましたよ」
「それは困った」
男も焦っている。
「この男は、どうなります?無事に転生できますか?」
「それは、私にもわからんな。とりあえず、この件は無かったことで」
「仕方ないですね。では、次の強者を探しましょうか」
「そうと決まれば、長居は無用」
2人は、足早に去って行った。
大阪府警では、とあるベテラン刑事が取り調べ室で若い女性を前に弱っていた。
平野区で保護されたこの女性は、自分のことを唐沢虎之助と名のり、現在が江戸時代初期だと言いはっているのである。
「しかし君は、どう見ても女性なんだが」
目の前の人物は、華奢な若い女である。本人が言うような武骨な男ではない。
「なぜか、今はそうでござるが、拙者は虎之助でござる」
刑事は、部下に大きめの鏡を持ってこさせて、女に見させながら
「これでも、まだ虎之助と言い張るか?」
「たしかに、見た目は妹の千代に似ているが、拙者は虎之助でござる。それに千代はもっと胸が大きかったでござる」
なるほど、綺麗な顔立ちをしているが、自分で主張しているとおり、服の上からでも、はっきり貧乳とわかる。
いや待て、そんな事はどうでもいい。
このまま、自分が江戸時代から来た男性だと言いはるのなら、転生者の可能性がある。
十数年前から、転生者と呼ばれる、過去から転生して来た者が現代に現れるようになり、何名か保護しているが、今回のように女性なのに男性だと言いはる者は初めてである。
「いちおう、専門機関であるDSPに連絡しておくか」
DSP[デビルスペシャルポリス]とは、転生者が配属される専門の部署である。
近年、原因は不明であるが、魑魅魍魎といった類いの者どもが出現し始めており、被害者も少なくない。
特に鬼族は強く凶暴であり、人を喰う鬼も多いので、鬼専門の部署が設立された。
さらに、現代に鬼が出現するのを見越したように、強者の転生者が現れるようになり、彼らはDSPの戦闘要員になることが義務づけられている。
本部は、もっとも多く鬼が出現する京都府警にある。
支部は、警視庁・奈良県警・大阪府警・福岡県警などに設立されている。
配属された転生者の身分は、いちおう警察官あつかいであるが、銃の携帯は許されていない。
もともと、鬼族には再生能力があり、拳銃で撃たれた傷など致命傷にはならず、首を切り落とさない限り死なないため、銃は持っていてもあまり役に立たない。
警察が用意した宿泊施設に移された虎之助は、死んだはずの自分がなぜ千代の姿で、このような時代に転生したのか?
という疑問は置いといて、ここにいれば衣食住の心配がないという事がわかり、とりあえずは満足していた。
ここは食料が豊富で、居心地がいい。
一週間ほど宿泊施設で過ごしていると、桜田と呼ばれている女性刑事がやって来た。
「私がDSPの担当をしている桜田よ。よろしくね」
若いが、しっかりした感じの女性である。
「拙者は虎之助でござる」
お互いに、あいさつを交わす。
「どう、そろそろ今の時代には慣れて来たかしら」
「慣れるというか、400年も経つと、ずいぶん世の中も変わったでござるな」
虎之助は、自分の着ているブラウスやスカートを、めずらしそうに触っている。
ここに来てからは現代のことを、いろいろ勉強させられているので、洋食の食べ方や洋服の着方ぐらいは理解している。
「ところで、他にも拙者のような転生者がいると聞いたのでござるが?」
「やっぱり、気になるのね」
「まあ、多少は気になるでござる」
「転生者は特殊な能力を持つ異能者ばかりなので、DSPに配属されて任務に就いているのよ」
「任務でござるか。お給金は出るでござるか?」
「ちゃんと出るわよ。そんな事より、アナタも今日からDSPの宿舎へ移動するのよ」
「拙者は、別にココで良いでござる」
虎之助は、衣食住が保証されている警察の宿舎を離れたくない。
「DSPは、食事は食べ放題で個室もあるから、ココよりは快適よ」
桜田刑事の説明で、虎之助はすぐに気が変わった。
「それなら早く行くでござる」
さっそく支度を済ますと、虎之助と桜田刑事はDSPへ向かう事になった。
DSPの宿舎に着くと、桜田刑事が転生者のメンバーを紹介してくれた。
「こちらが小太郎君」
「俺が最強の剣士、小太郎や」
まだ若く、あどけなさが残っている細身の男性である。
「そして岩法師さん」
「拙僧が岩法師です」
ひと目で僧侶とわかる袈裟を着ており、かなり大柄な男だ。
「こちらのお嬢さんが、新人の虎之助よ」
「拙者が虎之助でござる」
「見た目は小娘やのに、江戸時代のオッサンみたいな喋りかたやなぁ」
と、小太郎が笑った。
「拙者をバカにする奴は、ブッ殺すでござる」
虎之助は、刀に手をかける。
「ダメよ虎之助。味方を斬ったら牢獄行きよ」
「牢獄は嫌でござる」
虎之助は、刀から手を離した。
「あと一人いるけど、今は負傷して入院しているの。それじゃ、任務の説明をするわね」
桜田刑事は続けた。
「転生者の任務は、現代にいる鬼を退治することよ」
「この時代には、鬼がいるのでござるか?」
「おそらく、昔からいた可能性が高いんだけど、数年前から目立って人を襲いだしたの」
「拙者は、鬼を見たことが無いでござる」
「普段は人間に化けているけど、本当の姿は角が生えていて、想像どおりの鬼の姿よ」
それから数日後、虎之助の初任務の日がやって来た。
「桜田君、新人のようすはどうだい?」
桜田刑事は、安倍顧問から虎之助の近況を聞かれた。
「もう、話しかた以外は大丈夫なのです」
「それなら、新人も連れて行こう」
安倍は転生者では無いが、陰陽師の家系であり、人外による犯罪対策として警察の顧問を努めている。
安倍の指示で、全員が車に乗り込み現場に向かうことになった。
到着したのは、ごく普通のスーパーマーケットである。
入り口ふきんに警官が数名おり、関係者以外は入れないようにしている。
「大阪府警の桜田よ」
入り口にいた警官に警察手帳を見せると、一行はスーパーの中に入って行く。
なにやら異臭がする。
酒と血の匂いだ。
鑑識と思われる2人組の男が死体の側にいた。
「やはり、鬼の仕業ですね」
一人の鑑識が桜田刑事につたえる。
死体のまわりに酒の空き瓶が散乱している。鬼は酒が好きで酒を奪うために人を襲うことが多い。
「鬼はドコなの?」
「警官が来たときには、もう逃げていました」
鑑識の男が答えた。
「では、追跡する」
そう言うと、安倍顧問は店の外に出た。
野次馬が大勢いて、スーパーを囲むように見ている。
「あっちだな」
安倍顧問が右側を指さすと同時に、虎之助が野次馬の男の一人に手裏剣を放った。
手裏剣は見事に男の眉間に刺さり、男は倒れるかと思いきや平然と手裏剣を抜き、ニヤリと笑った。
「やつだ!行け!」
安倍顧問が叫んだ。
すばやく小太郎が男に向かって刀を振りおろす。
ズバッ!
男の右腕が切り落とされた。
すると男の頭から2本の角が生えて、身体も周りほど大きくなって行く。
「なるほど、お前らだな、俺の仲間を、さんざん殺していたのは」
男は凄みのある声で言った。
「そうやとしたら、どうするんや?」
小太郎が再び鬼に斬りかかった。
しかし鬼は、その刀を左手で受け止め、いつの間にか再生していた右腕で小太郎を殴りつける。
ドカッ!
「るへ〜」
小太郎は数メートルほど吹っ飛ばされてしまった。
「おのれ!」
それを見た岩法師が、薙刀を振りかざして鬼に突っ込んで行く。
ドスッ!
鬼は岩法師も殴り倒すと、走って逃げて行った。
「クソ」
岩法師が追いかけようと立ち上がると、その横を虎之助が素早く追って行く姿が見えた
「早い」
あまりにも速すぎる鬼のスピードを見て、岩法師は追跡をあきらめた。
「逃げられたか」
安倍顧問がつぶやく。
「すいません、安倍さん。足の早い奴で、逃げられてしまいました」
悔しがっている岩法師に、安倍顧問は鬼の逃げた方向を指さしながら
「そうでも無さそうだ」
と、言った。
岩法師が、ふりむいて見ると、虎之助が鬼の首を持って戻って来ている。
「言われた通り、鬼の首を切って来たでござる」
鬼には再生能力があり、首を切り落とさない限り死なない者がいる事は、虎之助には教えてある。
安倍顧問と岩法師は、呆然と鬼の首を持った少女を見つめていた。
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