第91話 猫のムーヤン
文字数 2,083文字
「ちよっと、そこのお嬢さん」
虎之助が商店街を歩いていると、上品な中年男性の2人組に声をかけられた。
「なんでござる」
「この辺りに、美味しいと評判の寿司屋があると聞いたんだけど、知らないかな?」
「知らないでござる」
素っ気なく返答して、虎之助は立ち去ろうとした。
「じゃ、寿司屋じゃなくても良いから、教えてくれないか。お嬢さんにも奢ってあげるから」
「奢ってくれるのでござるか?」
「なんでも奢ってあげるよ」
「では、案内するので、付いて来るでござる」
そう言うと虎之助は、人気のない路地に向かって歩いて行く。
そばで、川島と虎之助の会話を聞いていた鬼塚は
ーー川島えらい口が上手いな、恐らくいつも、こうやって少女を騙くらかしてるんやな。悪いやっちゃな、逮捕されて無人島に島流しになれば良いのにーー
などと、川島に対してよく分からない嫉妬をしながら路地に向かって行くと、急に辺りが暗くなって来た。
ーーなんや暗い路地やなぁーー
鬼塚はキョロキョロと周りを見渡していると。
「社長、まずいですよ。あの娘は我々の正体に気づいています」
川島が小声で知らせて来た。
「気のせいちゃう、そんな素振りは無かったけどな」
「いえ、すでに我々は、闇の結界に閉じ込められています」
「ええっ!なんか暗くなったと思ったら、闇の結界やったんか!」
鬼塚が思わず大きな声を出したので、先頭を歩いていた虎之助が振り向いた。
「ワッ!こっち向いた」
「そりゃ、あんなに大きな声で喋ったら振り向くでしょう」
「お主は確か、阿部仲麻呂とゼウスを倒した時に居た鬼でござる」
虎之助が川島に向って言った。
「なぜわかった。あの時、君は空腹で倒れていただろ。ゼウスの時は後を向いていたし」
川島の記憶では、虎之助は自分の顔を見ていないはずである。
「拙者は臭いで覚えているでござる」
「そんなバカな、警察犬か君は」
虎之助の嗅覚に驚く川島。
「ヤバいから、早く逃げよう」
鬼塚は、すでに逃げようとしている。
「闇の結界からは出れませんよ」
「なんか出れる方法があるやろ」
「あの娘が解除するか、意識を失えば結界は解けますけど」
「じゃ、少し眠ってもらおか」
鬼塚は虎之助に近づいて行くと
トン!
と、虎之助の首筋に手刀を打ち込んだ。
「痛いでござる」
虎之助が怒りだした。
「あれっ、この娘、気を失わへんで」
不思議そうにしている鬼塚。
「その娘が、そのぐらいで気絶する訳ないでしょ」
川島は呆れている。
虎之助は刀を抜いて
「ちょうど、ムシャクシャしていたところなので、鬼が現れたのは好都合でござる。お主ら2人をブッ殺してストレス解消するでござる」
と、鬼塚と川島を始末する気で向って来た。
「なんか、この娘、えらい物騒なこと言ってるで、どないしょ」
「どないしょ、って。この小娘を捕まえるんですよ」
「まずは、さっき拙者の首をチョップした、そっちのオッサンから殺すでござる」
虎之助は鬼塚に刀を向ける。
「ええっ、俺からかいな!ダメや、俺には妻も子もいるんや、こっちの川島からにしてくれ」
鬼塚は川島の後ろに隠れた。
「なに言ってんですか社長。私だって妻と子がいますよ、っていうか、この娘を連れて帰らないと夜叉さんに怒られますよ」
「そうやねんけど、正体がバレてるから、もう無理やで」
鬼塚は完全に任務を、あきらめている。
「しょうがないですね、私が何とかしてみますが、あまり期待はしないで下さいよ」
川島が、仕方なく虎之助の前に立ちふさがった。
「全然、期待してないから大丈夫やで」
鬼塚は、ほとんどやる気を無くしており、アイコスを吸い始めている。
ーー闇の結界の中で吸うアイコスは、やはり不味いな。なんか喉が渇いて来た、どっかに自販機はないかな?缶コーヒーでも飲みたいなーー
鬼塚は、戦闘を川島に任せて自販機を探し始めた。
しばらく歩いていると、サッと目の前を小さな物体が横切った。
ーーなんや、今のは?ーー
よく見ると一匹の猫であった。
「あっ、お前はムーヤン」
なんと、鬼塚が学生時代に親友であった、米屋の猫のムーヤンである。
走って追いかけると、ムーヤンも鬼塚に気が付いたようで立ち止まった。
「鬼塚じゃないか、久しぶりだニャ。こんな所で何してるんだ」
「敵に闇の結界に閉じ込められたんや。お前こそ何やってるんや、まだ米屋に居るのか?」
「そんなに長生きしてるワケないニャ、もう15年前に死んだニャ」
「それもそうやな。って、じゃ、お前は幽霊なんか?」
「そうだニャ。でも、元々ネコは霊的生物だから、特に問題は無いのニャ。この程度の結界なら出入りは自由なんだニャ」
「俺はココから出たいんやけど」
「僕は霊体だから自由に出入りできるけど、鬼塚はこの結界を張った、あの女の子を何とかしないと無理だニャ」
「アイツは見た目は、あんなんでもムッチャ強いんや。なんとも出来んわ」
「鬼塚は昔から駄目ダメだニャ。僕がやっつけてやるニャ」
なぜかムーヤンは、自信があるようだ。
「ダメやムーヤン!あの小娘はムチャクチャ強いんや」
鬼塚が制止するが、ムーヤンは虎之助に向かって走って行ってしまった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)