第19話 狂四郎が退院するでござる
文字数 4,570文字
「姉さん、やりましたよ。新たな式神を呼び出せました」
喜びながら小太郎が、宿舎の食堂にやって来た。
見てみると、手に持っているのはムカデである。
「小太郎の式神は、害虫ばかりでござるね」
虎之助は、岩法師と朝の納豆定食を食べていたところであった。
「姉さんも、タヌキ以外の式神を出してみたらどうです?」
「拙者は、タヌキだけで充分でござるよ」
「まあ、姉さんは誰よりも強いから、必要ないですね」
「拙者の強さは、チンパンジーの赤ちゃんもビックリして、二度寝するレベルでござるからなぁ」
2人はゲラゲラ笑いだした。
ーーなにが、おかしいのか、さっぱりわからんが。ようやく、いつもの虎之助に戻って来たなーー
笑っている2人を見て、岩法師は安堵するのであった。
「そうだ、狂四郎が、そろそろ退院して来るはずだ」
そう言ってしまってから、岩法師はマズいと思った。
狂四郎が入院したのは、虎之助の師匠である栗の助に刺されたからで、その栗の助を、虎之助は殺さなくてはいけない羽目になったからである。
それ以来、虎之助は酷く落ち込んでいた。
しかし、虎之助は何事も無かったように
「アホの狂四郎が退院でござるか?」
と、聞いて来た。
ーー拙僧の、気のまわし過ぎだったかーー
「そうだ。確か桜田刑事が迎えに行っているはずだ」
「あの2人は、妙に仲が良いでんなぁ」
「桜田は意地悪だから、アホの狂四郎がお似合いでござる」
虎之助は、桜田刑事が苦手である。
ーーこれで、左近が戻って来ればDSP[デビルスペシャルポリス]も安泰なんだがなぁーー
虎之助が元気を取り戻したのは良いのだが、岩法師は、奈良へ修行に行ったきり、ほとんど連絡の無い左近のことが気になっていた。
警察病院では、狂四郎が退院の準備をしているところであった。
着替えを済ましバックに荷物を詰め込んでいると、若い看護師が3人ほど挨拶にやって来た。
「狂四郎君、お仕事がんばってね。退院しても連絡してよ」
イケメンの狂四郎は、女性が多い場所では人気者である。
「わかってるって、ちゃんと連絡するよ」
しかし、間が悪いことに、狂四郎が看護師たちにチヤホヤされている最中に桜田刑事が迎えに来てしまった。
「狂四郎君、車で迎えに来たんだけど、思ったより元気そうだから歩いて帰れるわよね!」
怒ったように、桜田刑事が言い放つ。
「いや、まだ無理ですよ」
引き止める狂四郎を背に、桜田刑事は一人でエレベーターホールに向かって歩き始めた。
一方、火星では『山田タコ14世』が反乱軍に取り囲まれて、絶体絶命のピンチを迎えていた。
「死んでもらうぞ『山田タコ14世』」
銅鬼が剣を、かまえて向かって来る。
「待て、おろか者ども。ワシを殺すと大変なことになるぞ」
「どうなるんだ?」
「ワシら『山田タコ王家』が封印し続けている、伝説の『太陽系暗黒大魔王』が復活することになる。そうなれば、火星どころか太陽系全体が闇に包まれ、悪魔の星系になってしまうのだぞ」
「たわごとを言うな!死ね『山田タコ14世』!」
『山田タコ14世』に斬りかかろうとする銅鬼を、タコ太郎が止めた。
「待ってくれ銅鬼。その話は本当かも知れないでチュー」
「なにをバカな。そんなのはコイツのハッタリだ」
「いえ、500年前に『太陽系暗黒大魔王』を、初代『山田タコ1世』が封印したのは本当でチュー」
「なんだと!」
「だからといって、『山田タコ14世』を殺せば『太陽系暗黒大魔王』が復活するというのは、うのみには出来ないでチューが」
「なるほど。一度封印したのは本当だが、コイツが今も封印し続けているというのは、わからないと言うのだな?」
「そうでチュー」
銅鬼は悩んだ。が、ここまで来て悩んでも仕方ないと思いなおして
「コイツを殺せばハッキリするだろう」
剣をかまえ『山田タコ14世』に向けた。
反乱軍は全員、かたずを呑んで見守っている。
ビジネス街の高層ビルの最上階では『大阪鬼連合団体』の定期カンファレンスが行われていた。
議長は、いつものながら鬼塚である。
「今日は、みなさんに報告があります」
「ついに、DSPの小娘を殺りましたか?」
「殺ってません。小娘はムッチャ元気に明るく過ごされています」
「では、なんの報告ですか?」
「DSPの小娘や『国際電器保安協会』のような強い敵が現れたので、対抗手段として、黒瀬と若林に京都へ修行に行ってもらう事にしました」
「あの鬼神の居る京都ですか。たしかに効果があるかも知れないですね」
中年の男が言った。
「質問があります」
若い男が手を挙げた。
「なんですか?」
「最近は黒瀬さんと若林が、戦闘部隊の中心になっているようですが、議長と川島さんも四天王として戦えば戦力がアップするのでは?もしかして弱いという事は無いでしょうね」
「君は、ハッキリと物を言うねえ。言っとくが、俺はムチャクチャ強いで」
「本当ですか?」
「ほんまやで。高校生の時なんか喧嘩無敗で、地元最強と良く言われたモンや」
「それは、議長が鬼だからでしょう?」
「いや、俺は、ほんまに強いねん。学生時代は、よく『鬼のように強い鬼塚』とか『鬼塚君は変な臭いがする』とか『鬼塚君の隣の席は嫌です』とか『女子更衣室の窓から覗く変態』とか言われとったんや」
「ちょっと、鬼が鬼のように強いのは当たり前でしょう。それに、後半は女子生徒からの苦情になってますよ」
川島に突っ込まれた。
「えっ、そうなん」
「そうですよ」
「まっ、それは良いとして。京都から新しい助っ人が来たので紹介しよう」
「それは良いんですか!」
「議長は女子更衣室を覗いてたんですか?」
「また、変なロボットじゃないでしょうね?」
カンファレンス参加者から、いろんな突っ込みが入る。
「お前ら、ゴチャゴチャうるさいなぁ。ロボットじゃなくて、アンドロイドのチャッピー君や」
「よろしく、僕チャッピー」
普通の若い男性に見えるチャッピーが、挨拶する。
「普通の人に見えますが」
「チャッピー君は、最新のテクロノジーで造られた限りなく鬼に近いアンドロイドや」
「戦闘力は、どのぐらいあるんですか?」
「なんと、当社比較では以前の鬼ロボの3倍や。チャッピー君が『国際電器保安協会』の奴らを、皆殺しにしてくれるそうや」
「それは頼もしいですな」
『大阪鬼連合団体』に、頼もしい助っ人が現れた。
「待って下さいよ」
桜田刑事が警察病院の駐車場に向かっているところを、狂四郎が追いかけていた。
桜田刑事が無視して歩き続けていると、前方に立っている白人の男がこちらに気付いて向かって来る。
「危ない!」
狂四郎は桜田刑事を突き飛ばすと、男と対峙した。
「何者だ!」
「俺様は『国際電器保安協会』のエージュントホルスだ。お前たちには死んでもらう」
「そうは、させん!」
狂四郎は刀をかまえ、円を描くように回し出す。
「新田家仙道『円月殺』」
と、技の名前を言いながらホルスに斬りかかった。
ガチッ!
ホルスは左腕で狂四郎の刀を受ける。
「刀など、われら強化人間には通用しない」
ホルスの右ストレートで顔面を殴られて、狂四郎は吹っ飛んだ。
「狂四郎君!」
桜田刑事が狂四郎に駆け寄る。
「大丈夫ですよ」
口から血を流しながら狂四郎は立ち上がった。
「ゲフッ!」
なぜかホルスの方が、口から大量の血を吐いた。
良く見ると、胸に穴が空いている。
「やるな貴様」
「『円月殺』は刀で斬るのではなく、相手を素手で引き裂く技だ」
刀での攻撃は囮であり、仙道で五指に気を貯め、素手でホルスの心臓をえぐり出したのである。
「くっ、甘く見ていた。勝負は預けるぞ!」
ホルスは、素早く去って行った。
「ただいま!」
狂四郎は桜田刑事と元気よく宿舎に帰って来た。
どうやら桜田刑事は、自分を庇ってホルスを追い払ってくれた狂四郎に感激して車に乗せてくれたようだ。
「おお、狂四郎。良かったな退院できて」
岩法師が優しく出迎えてくれた。
「お帰りでござる」
意外にも虎之助も、ちゃんと出迎えている。
「お帰り狂四郎はん。今日は特別、桜田刑事と仲が良さそうでんなぁ」
小太郎も、玄関まで出て来ている。
「なにバカなこと言ってるの。狂四郎君は『国際電器保安協会』の殺し屋を、やっつけてくれたのよ」
「ちゃんと、殺したのでござるか?」
虎之助は『国際電器保安協会』に対しては容赦が無い。
「それが、逃げられちゃって」
頭を掻きなから、狂四郎は答えた。
「アイツは心臓を、えぐり出されても死ななかった、化け物よ」
「鬼なみの生命力でんなぁ」
小太郎が腕組みしながら感心している。
「そうや。俺も修行して式神が出せるようになったんですよ」
小太郎は桜田刑事に近寄ると、御札を取り出し、なにやら唱えだした。
すると、桜田刑事の足元にゴキブリの式神が現れた。
「きゃッ!」
ブチ!
ゴキブリは、あっけなく桜田刑事の靴で踏み潰されてしまった。
「ああっ、俺の式神が……」
破れた式神の御札を見て、小太郎は力なく座り込んだ。
「ええっ!今のが小太郎君の式神だったの?ごめんなさい」
謝る桜田刑事。
「小太郎、気を落とすな。しかし女性の前では、虫の式神は出さない方が良いぞ」
岩法師は、なぐさめてくれるが、小太郎は落ち込んだままである。
「姉さんは、食事中にムカデの式神を見せても平気やったのに」
「虎之助は特別だ。がんばって練習すれば、いずれ哺乳類の式神も出せるようになる」
「そうでござる。拙者もタヌキの式神を出せるようになるまでは、大変だったでござるよ」
「わかりました。俺はセクシーギャルの式神が出せるようになるまで、がんばりまっせ!」
拳を握りしめて、小太郎はさけんだ。
ーーこいつ、セクシーギャルが目当てだったのかーー
桜田刑事と狂四郎は、あきれて黙ってしまった。
「小太郎はアホでござる」
一人、虎之助だけが大笑いしていた。
その頃、火星では、銅鬼がついに『山田タコ14世』を、真っ二つに斬り殺していた。
反乱軍の兵士たちは『太陽系暗黒大魔王』の復活を恐れ、剣をかまえたままである。
カタカタッ!っと、物音がした。
以前から宮殿に飾ってあった年代物の壺が揺れている。
「なんだ、この壺は?」
銅鬼が近づくと、壺から大量の煙が吹き出して
「ジャンジャジャーン!」
と、煙の中から、小さな女の子が両手を広げて飛び出て来た。
「わたしパクチー。よろしくね」
一同は、呆然と壺から出て来た女の子を見つめている。
「はあ、よろしく。あのぅ『太陽系暗黒大魔王』は、どちらに?」
恐る恐る、銅鬼がたずねてみる。
「お父タマは、まだ壺の中で寝てるわ」
どうやら、この女の子は『太陽系暗黒大魔王』の娘らしい。
「それでは、お父様は、まだこの中にいらっしゃるのですな」
「お父タマは、一度寝たら千年は起きないから、あと500年は寝てるんじゃない」
「ああ、そうですか」
銅鬼をはじめ反乱軍は、困惑している。
「とりあえず蓋をしてと」
パクチーは壺に蓋をして
「お父タマは、うるさいと途中で起きて不機嫌になるから。とりあえず、ここでは騒がないでね」
「そりゃあ、もちろん。静かにしときますとも」
『太陽系暗黒大魔王』が、不機嫌な状態で起きて来られたら大変である。
宿敵である『山田タコ14世』は倒したものの、銅鬼たちには、あらたな問題が発生してしまった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)