第45話 虎之助の帰還
文字数 2,822文字
国際電器保安協会ギリシャ本部では、新米諜報部員のペドロスがゼウスの背中を掻かされていた。
「ここで、よろしいでしょうか、ゼウス様?」
「もっと右じゃ、そう、そこじゃ。こりゃ気持ちが良いわい」
ご機嫌なゼウスを見て、ペドロスは
「あの、一つ質問しても、よろしいでしょうか?」
と、以前から気になっていた事を聞いてみた。
「なんじゃ?この全知全能のゼウスに分からん事はないぞ。遠慮せずに何でも聞くがよい」
「では、お言葉に甘えまして。ゼウス様は全知全能なのに、なぜ背中の痒みをご自分で治されないのですか?」
「そっ、それは最優先国家機密じゃ。君のような下っ端が知るところでは無いわ!」
意外にも、厳しい口調でゼウスに注意されてしまった。
「これは失礼いたしました」
「もう、背中は良い。それより、ワシの昼食は出来ておるのか?」
「はい、納豆ご飯に、生玉子をかけた物を御用意しております」
「ほう、ワシの好物じゃ。では、食べるとするか」
ゼウスが昼食を食べ始めようとした時、諜報部長のアレクシオスが慌ててやって来た。
「ゼウス様、大変です」
「なんじゃ、騒がしいぞ。ワシは、今から昼食じゃ」
「すいませんゼウス様。日本から連絡がありまして、アキレスが倒されたそうです」
「アキレスか、あの未熟者が。では、誰か代わりの者を日本に送るのじゃ」
「はい。さっそくペガサスを送ります」
「ペガサスだと。やつはまだ若造じゃ、やつ一人ではアキレスを倒した者には勝てぬわ。ヘラクレスも同行させるのじゃ」
「ヘラクレスは、ぶらり途中下車の旅に出かけており不在です」
「では、アポロンに行かせるのじゃ」
「アポロンは、生ガキを食べて食中毒になり入院中です」
「じゃ、ペルセウスを行かせるのじゃ」
「そんな人は、始めからいません」
「じゃ、もう良わ。ペガサスだけで行かせるのじゃ」
「承知いたしました、ゼウス様」
ゼウスの言動を、一部始終見ていたペドロスは
ーーもしかすると、ゼウス様は全知全能では無いのかも知れないーー
と、密かに疑うのであった。
関西国際空港に、若い男が降り立った。
細身で、まだ成人していないような、少しあどけなさが残る顔立ちで、女性うけしそうな可愛さを持っている。
ゼウスからの指示を受け、はるばるギリシャからやって来たペガサスであった。
「この日本に、アキレスより強い者が居たとはな」
そう呟いたペガサスの目の前を、可愛らしい娘が筋肉質の男を引きずりながら歩いている。
よく見ると、引きずられているのはアキレスではないか。
「お嬢ちゃん、ちよっと良いかな?その男のことを聞きたいんだけど」
ペガサスは、娘に声をかけた。
「知らない人に声を掛けられても、相手にしないように言われているでござる」
虎之助は、愛想なく言った。
ーーやりづらい娘だなぁーー
「でも、君が引きずっているアキレスは、僕の知り合いなんだ」
「こいつと知り合いでござるか。お主は、国際電器保安協会の者でござるか?」
初めて虎之助が、ペガサスの顔を見た。
ーー国際電器保安協会の事を知っているとは、この娘、DSPか鬼の可能性が高いなーー
「君は何者だ?まさかと思うけど、君がアキレスを倒したのか?」
「知らない人とは、口をきかないでござる」
やはり、虎之助は無愛想である。
ーー可愛いけど、難しい娘だなーー
「そうだ、そこの売店でお菓子を買ってあげるから、知ってる事を教えてくれないか?」
「お菓子でござるか」
そう言われて、虎之助は売店の方を見た。
チョコレートやチップス等の、美味しそうなお菓子が並んである。
娘はフルーツグミを手に取って、思案し始めた。
ーーお菓子に喰い付いて来たか?ーー
ペガサスの期待が膨らむ。
「やっぱり、いらないでござる」
虎之助はフルーツグミを売店の棚に戻し、再びアキレスを引きずりながら歩いて行く。
「エエっ!じゃ、何が欲しいんだい?何でも買ってあげるよ」
「拙者はセレブなので、何でも自分で買えるでござる」
ーーこの娘、意外と金持ちだったのかーー
「じゃ、その男を僕に売ってくれないか?」
虎之助は、自分が引きずっているアキレスを見ると
「ダメでござる。コイツは、大阪府警に連れて行くでござる」
と、再び歩き出す。
ーー大阪府警?ならば、この娘はDSPの転生者だなーー
「では、仕方ない。力ずくでアキレスを返してもらう」
ペガサスは交渉を諦めて、強行手段に出ることにした。
「お主のような優男では、拙者には勝てないでござる」
「君の方こそ、華奢な小娘だろ」
「拙者とお主では、今まで戦って来た相手が違い過ぎるでござる」
「そんな事はない。くらえ!ペガサスブーメランキック!」
ペガサスの必殺技が炸裂する。
パスっ
しかし、難なく虎之助に片手で受け止められた。
「バカな!僕の必殺の蹴りが、そんなに簡単に受け止められるとは」
「やわな蹴りでござる」
「そんなはずは無い!僕の蹴りは、すべての物を破壊する世界最強の蹴りのはずだ」
「お主の蹴りなど、拙者が、これまで戦って来た強敵の攻撃に比べると、あまりにも軽いでござる」
虎之助が見上げると、今まで倒して来た男たちの顔が空中に浮かび上がった。
鬼武者に鬼ロボ・笵会・リンゼイ老師・アキレス・宇宙人オーソン
「最後の人は誰?」
と、ペガサスに突っ込まれた。
「あっ、間違えた。宇宙人オーソンとは、戦って無かったでござる」
「間違いだったのか、良かった」
ペガサスは心の底から安心した。
「もう、拙者は大阪府警に行くでござる」
虎之助はアキレスを引きずって、タクシー乗り場へと向かって行く。
ーーアキレスだけでも回収したかったけど、とても僕の手に負える相手では無いなーー
「では、お嬢ちゃん、さようなら」
ペガサスは、任務を諦めて、ギリシャに帰ることにした。
「ただいまでござる」
虎之助が、数日ぶりに大阪DSPの宿舎に帰って来た。
「姉さん!」
小太郎は玄関まで走って来て、虎之助に抱きついた。
「火星に連れて行かれて、もう会われへんと思ってました」
小太郎は、泣きながら喜んでいる。
「あのアキレスっていう奴は、どうしはりました」
「アホのアキレスは、拙者が倒して大阪府警に引き渡して来たでござる」
「さすが姉さん、凄いでんなぁ」
虎之助と小太郎が中に入ると、鬼一と岩法師が食堂で話をしているところであった。
「おおっ、無事だったか虎之助」
虎之助の顔を見て、岩法師が嬉しそうに言った。
「綺麗なお姉ちゃん、お帰りなさい」
左近も喜んでいる。
「心配したぞ。腹は減ってないか」
岩法師は、気付かってくれている。
「大阪府警の近くのハンバーガー屋で、食べたて来たから大丈夫でござる」
虎之助にしては、珍しくお腹は減っていない様だ。
「虎之助、疲れてないか?」
心配して岩法師がたずねた。
「長旅で少し疲れたでござる。部屋で休んで来るでござる」
「そうだな、そうした方が良い」
自分の部屋に向う虎之助に、岩法師の優しい声が聞こえた。
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