第90話 鬼塚の思い出
文字数 2,225文字
「ただいまでござる」
魔法界で一夜を過ごした虎之助が、大阪DSPの宿舎に帰って来た。
ーーやっぱり宿舎が一番落ち着くでござるーー
そう思いながら食堂まで行くと、見知らぬ老人が一人でくつろいでいる。
「お主は誰でござるか?」
初めて見る顔なので尋ねてみた。
「君こそ誰じゃ?」
すると、老人は聞き返して来た。
「拙者は虎之助でござる」
「ワシは加藤、大阪DSPの新しい顧問じゃ」
ーーそうか、鬼一の代わりに来た顧問かーー
そう思うと、急に鬼一の事を思い出してしまい悲しくなって来た。
無言で自分の部屋に向かうと
「君も忍者らしいな」
と、加藤が声をかけて来たが、虎之助は無視して、加藤の横を通り過ぎようとした。
「君は伊賀の唐沢家の出身らしいな」
かまわず、加藤は話しかけて来る
「うるせえな、ジジイ」
悲しみに浸っている時に、初対面の男に質問されてイライラして来た虎之助は、思っている事が声に出てしまった。
「ジジイって君」
加藤は若い娘に、ジジイ呼ばわりされて驚いている。
そこに小太郎がやって来た。
「あっ、姉さんお帰りなさい」
「おおっ小太郎、聞いてくれ、この娘がワシの事をジジイって言うんじゃ」
さっそく加藤は小太郎に訴えている。
「すんまへん。姉さんは加藤さんの前任者の鬼一さんと付き合ってたんやから、加藤さんの顧問就任を素直に受け入れられへんのですわ」
「なるほど、そういう経緯があったのか」
小太郎に説明されて、自分に対する虎之助の態度が、なんとなく理解できた。
バタン
虎之助が自室のドアを、閉める音が聞こえる。
「あの娘が心を開いてくれるのには、かなり時間が掛かりそうじゃ」
加藤は、ため息をつきながら、つぶやいた。
日本テクロノジーコーポレーションの社長室では鬼塚と川島が、鬼神である夜叉と話し合っていた。
「それで、国際電気保安協会のスヴェントヴィトと大阪DSPの顧問が死んだのか」
夜叉は相変わらず、威厳のある口調で尋ねる。
「そうでんねん。それで肝心の白鬼さんは、いつの間にか消えてたんですわ」
夜叉から、白鬼の動向を探るようと指示されていた鬼塚が説明している。
「敵であるスヴェントヴィトとDSPの顧問の死は、ワシらにとって有益な事ではあるのだが、白鬼が仕組んだ事となると話は別だ」
夜叉は腕組みしながら、苦い顔をしている。
「確かに、白鬼さんは大阪の担当じゃありませんからね、あきらかに越権行為ですよ」
川島も白鬼の行動を不信がっている。
「うすうすは感じてたんでっけど、あのDSPの小娘と、なんか関係あるんちゃいまっか」
めったに働かない鬼塚の直感が、珍しく発動した。
「よし。お前、その小娘をとっ捕まえて来い。何かわかるかも知れん」
夜叉が鬼塚に向かって新たな指示を出した。
「無理です」
しかし、ハッキリと断わる鬼塚。
「なんで無理なんや?」
「ああの小娘はムッチャ強いからです」
鬼塚は、情けない理由を堂々と言い切った。
しかし、鬼の世界では、鬼神の指示を拒む者など存在しない。
「しゃーないやっちゃな。じゃ川島、お前も一緒に行って、力ずくで無理なら騙してでも連れて来い」
怒り出すかと思われたが、夜叉は意外にも穏やかな口調で言った。
ーー断わるんや川島。あの小娘を連れて来るなんか、俺らには無理やってーー
鬼塚は祈りながら、川島に目で訴えた。
「わかりました」
鬼塚の願いは虚しく、素直に了解する川島。
ーー社長は断って欲しそうだが、鬼神の指示を断ることなど私には出来ないーー
内心は、仕方なしに了承していた川島である。
「じゃ、頼んだで、2人とも」
夜叉は満足そうに微笑んでいるが、鬼塚のテンションはダダ下がりであった。
「くそっ、なんで俺がこんな事せなアカンねん」
翌日、鬼塚は愚痴りながらも、虎之助が良く出没すると言われている商店街に来ていた。
「社長、そう言わずに。あの小娘は食べ物に弱いと聞いていますので、食べ物で釣りましょう」
そう言いながら、川島がなだめている。
「しかし、なんやな。この商店街も昔と比べるとサビれてもうたな」
「社長は、この商店街をご存知だったのですか」
「知ってるも何も、高校の通学路やったから、毎日通ってたで」
嬉しそうに話す鬼塚。
「お気に入りの、お店とかあったんですか?」
「あの米屋で飼ってた猫が、俺の親友やったんや」
米屋を指さしながら、鬼塚は楽しそうである。
「猫と親友だったのですか」
「そうや。いや待てよ、なぜか人間の友達がおった記憶が無いな。何でやろ?」
鬼塚は急に悩み出した。
「現実に人間の友達が、居なかったんでしょう」
「そんなアホな、学生時代に俺は人気者やったハズや」
「いったい、誰から人気があったんですか?」
「誰からって、男子からはウザがられてたし、女生徒からは明らかに嫌われとったから……」
しばらく鬼塚は考え込んで
「そうやった、俺は嫌われ者やったんや」
忘れていた真実を思い出してしまい、鬼塚はヘコみ始めた。
そんな時に向こうから、同じようにヘコんでいる虎之助がやって来た。
「社長、例の小娘が現れましたよ」
川島が鬼塚に伝える。
「そんな小娘より、俺の過去の方が気になるんやけど」
相当おちこんでいる鬼塚。
「今は、アンタの過去なんか、どうでも良いんですよ。あの小娘を捕まえるように、夜叉さんから言われているでしょ」
「それはそうなんやけど」
気持ちの整理がつかないまま、虎之助の方へ向かって、トボトボと歩き出す鬼塚であった。
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