第8話 金鬼の出動でござる
文字数 2,584文字
オフィス内で働いている黒瀬には、新たな悩みが増えていた。
日本テクノロジーコーポレーションは、鬼が牛耳っているとはいえ、9割以上の職員は普通の人間であり、黒瀬が鬼武者であることを知っている者は、ほんのわずかしか居ない。
最近、どうも女性職員が、よそよそしいので、鬼特有の地獄耳で女性たちの噂話を聴いてみると、黒瀬が未成年と思われる若い娘を連れまわしており、ロリコンと淫行の疑いを、かけられているらしい。
確かに、あれから何度か虎之助から呼び出され、そのつど食事を奢らせれている。
それを女性職員の誰かに見られたらしい。
ーーなんで俺がこんな目に。殺すと、おどされながら奢らされているだけなのに、本当に俺はついていないーー
落ち込んでいる黒瀬のディスクの内線が鳴った。
「鬼塚だ。手が空いたら、すぐに社長室に来てくれ」
社長室に呼び出された黒瀬は以前の自分とは違って、おどおどしている事に気が付き、意識して背筋を伸ばしながら社長室に入っていった。
もしかして、虎之助と会っていることが社長の耳に入ったのでは、と警戒していると。
「来たか黒瀬。お前に頼みたい事があるんやが」
どうやら、思っていたのと違う要件らしい。
「なんでしょうか?」
「牛鬼の力を試してみたい。DSPの侍か陰陽師が良いと思うんだが、若林一人では、良くわからんやろうから、一緒に行ってもらいたいんや」
「私と若林の2人で、ですか?」
「そうや。ただ、今回は牛鬼の実力を見るのが目的やから、お前は手を貸さなくても良いからな」
「わかりました。それで、あの小娘はどうします?」
「よっぽど、あの小娘が怖いみたいやな。安心して良いで、小娘は金鬼が始末することになったから」
「そうですか、わかりました」
社長室を出ると、安堵の気持ちと同時に、不安が襲って来た。
あの金鬼か、四天王の中でも最強というより最狂の鬼じゃないか。残虐で恐ろしく強い。
女子供であろうと平然と、なぶり殺してから喰らう悪鬼だ。
しかも身体は鋼より硬く、刀など武器での攻撃が通用しないとなると、さすがの虎之助でも勝ち目は無いだろう。
まあ、虎之助が消えてくれるのは、黒瀬にとって喜ばしい事ではあるのだが。
営業部の部長である日下は、ご機嫌であった。なぜなら、久しぶりに若い娘が喰えるのだから。
日頃は、メガネが似合う堅物イケメン部長で通っているが、正体は四天王最狂の人食い鬼『金鬼』である。
最強や最悪ではなく、最狂と言われるのには理由がある。人食いに関しては、四天王で一番イカれているからだ。
普段は『大阪鬼連合団体』から派手な人食いは控えるようにと言われており、我慢しているのだが、今日は社長から直々に転生者の娘を喰って来い、という指示があった。
それも、とびきりの美少女らしい。どうやって殺して、どこから喰うのか、想像しただけでもヨダレが出てくる。
黒瀬から、その娘が良く現れる商店街も聞いている。娘は商店街のコンビニで、お菓子を買うのが日課らしい。
早く行って喰いたい。
「部長、今日はご機嫌がよろしいみたいですね、なにか良いことでもありましたか?」
あまりにも日下がニヤついているので、営業課長の増田が、たずねてきた。
「ちょっとね。別に大した事はないザンスよ」
ーー出た。一年に一度、出るか出ないかの、超ご機嫌の時にしか出ない、日下部長のザンス節がーー
増田は久しぶりに、ザンス節を聞いた。
「そうだ。僕はこれから得意先の所に行って直帰するから、後は、よろしくザンス」
ーーさっそく、今から、お楽しみかよーー
「わかりました。お気を付けて」
増田に後を任せて、日下は娘がよく立ち寄る商店街へと、ニヤつきながら向かった。
岩法師は人気の無いグラウンドで、稽古と称した立ち合いを行なっていた。
相手は、当然のことながら、狂四郎である。
見届け人として左近を誘ったが、左近は断り一人で出かけてしまった。
また、剣の稽古にでも行ったのであろう。
「では、参るぞ狂四郎」
岩法師は薙刀を狂四郎に向けた。
「来い!坊主」
対する狂四郎は、日本刀である。
岩法師の薙刀が、狂四郎の顔を狙って振りかざされた。
狂四郎は、難無くかわして、逆に岩法師を斬りつける。
岩法師は、すぐさま身をかわす。
双方、互角に戦っていたが、やや狂四郎が優勢になって来た。
「お主のような若造に使うのは控えておったのだが、法力を使わせてもらうぞ」
と言なり、岩法師の姿がスッと消えた。
「消えた。これが法力か」
狂四郎は気配を感じ取ろうと、五感を研ぎ澄ましたが、岩法師の居所はわからない。
「ならば、俺も仙道を使わねばならないな」
狂四郎は構えを変えた。
「オッサンに使うのは始めてだが、やむを得ない。新田流仙道『透視術』」
両手の指を眼鏡のように丸くして、のぞき込んだ。
「あれっ、なにも見えないや」
ポカッ!
「痛っ!」
狂四郎は、頭を軽く岩法師に殴られた。
「バカ者!」
岩法師が姿を現している。
「拙僧の姿くらましの術を、透視術で見つけるのは、間違ってるだろ!」
「そうかなぁ?」
「透視術ってものは、邪魔な物体を透かして見る術だろう。消えている拙僧を、さらに透かしてどうする、よけい見にくくなるわ!」
「そう言われれば、そうなのか。俺は幼少の頃から戦ばかりで、勉学をする暇が無かったから難しいことは、わからないや」
ーー最近の転生者はアホばかりなのかーー
岩法師は、狂四郎のアホさ加減に、あきれてしまった。
「いや、たいして難しくないと思うが。それに、さっきお前『オッサンに使うのは始めて』と言っていたが、もしや女性に使ったことは無いだろうな?」
「ある!」
狂四郎は、胸を張って堂々と答えた。
ボカッ!
狂四郎は、頭を強く殴った。
「何しやがる、この生臭坊主!」
「偉そうに言うな!現代では犯罪だぞ。われらは仮にも警官だ、女性を透視なんかしたら、桜田刑事に射殺されるぞ」
「そうなのか?」
「そうである」
その時、式神のヤモリが岩法師の元に駆け寄り、なにやら報告した。
「なんと!それはマズい」
岩法師がヤモリと話しているのを、狂四郎は不思議そうに見ている。
「急用ができた。稽古は、また今度だ」
岩法師は、素早く走り去って行ってしまった。
一人になった狂四郎は
「今から良い所なのに、なんだあのクソ坊主」
と、ふくれるのであった。
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