第37話 地獄へ道連れでござる
文字数 3,944文字
「大変だ!」
今年で20歳になったばかりの諜報部員ペドロスは、国際電器保安協会ギリシャ本部に急いで駆け込んだ。
「大変ですアレクシオスさん。リンゼイ老師が日本で殺されました」
「今、俺は牛丼に玉子をかけて食べるところだ。老師が一人が死んだぐらいで騒がしいぞ」
諜報部長のアレクシオスは、ちょうど昼食を摂っていたところである。
「しかし、アレクシオスさん。リンゼイ老師は、三神の一人であるブラフマー様ですよ」
「なにっ、ブラフマー様だと。それを先に言わんか!」
アレクシオスは昼食を中断して、急いでペドロスと上司に報告しに行くことにした。
「ハルパトス様!大変です」
「なんだ。今からメガ盛りカレーに玉子をかけて食べようとしていたのに」
幹部のハルパトスも昼食中であった。
「すいません。諜報部員より、日本でリンゼイ老師が殺されたとの情報が入ったものですから」
「老師が一人殺されたぐらいで、なにを大袈裟な」
「しかし、リンゼイ老師は三神のブラフマー様ですよ」
「なんだと!それを先に言わんか」
ハルパトスとアレクシオスとペドロスは、急いで局長に報告しに行く。
「グリゴリオス局長。大変です」
局長室では、グリゴリオス局長が昼食のチキンラーメンに、玉子をかけて食べようとしていたところであった。
「なんですか。昼食中に騒がしいですよ」
「それどころじゃありません。日本で老師が殺されました」
ハルパトスは、慌てながら報告する。
「老師が殺されたぐらいで、私の食事の邪魔をしてはいけませんよ」
「しかし、その老師というのはブラフマー様でありまして」
「なんですと!ブラフマー様が、それを先に言わないとダメでしょうが。これはゼウス様に報告せねばなりませんね」
「それで、ゼウス様は、どちらにいらっしゃるんで?」
ハルパトスは、グリゴリオス局長に尋ねた。
「ゼウス様は忙しいお方ですから、サミットや会議で世界中を飛び回っておられます。ちよっとスケジュールを確認してみましょう」
グリゴリオスは、パソコンを操作してゼウスのスケジュールを調べてみた。
「ええと、今日は上方漫才サミットに参加されておられる」
「サミット中ですか、どうやって知らせましょうか?」
ハルパトスが質問する。
「難しいですね。しかし、全知全能のゼウス様の事ですから、もうご存知ではないでしようか」
「確かに全知のお方でしたら、当然、知ってますね」
グリゴリオスとハルパトスの会話を聞いていたペドロスは、疑問に思い
「あのぉ、ゼウス様が全知ならば、なぜ私のような諜報部員が必要なのでしょうか?」
と、もっともな質問をした。
「それはですね。お前たちがいなければ、諜報部員を監督する部長のアレクシオスの仕事が無くなる。アレクシオスたちが居なくなれば、部長に指示を与える幹部のハルパトスの仕事が無くなる。ハルパトスや君たちが居なくなれば、局長である私の仕事が無くなる。それじゃ、困るではありませんか。私たちにも養わなければならない家族がいるのですよ」
グリゴリオスは丁寧に説明する。
「なるほど。そういう事でしたか。なんだか、世の中の仕組がわかった様な気がします」
ペドロスは納得した。
「どうやら、君もこれで大人の階段を一段、登ったな」
アレクシオスも満足げである。
「君も、もう大人の仲間入りだ」
「わっはっはっは〜」
一同は笑いだした。
ーーしかし、この人たちは何故、日本の庶民的な食べ物に玉子をかけて食べるのが好きなんだろう?ーー
新米諜報部員のペドロスには、新たな疑問が生まれるのであった。
アメリカ村の公園では、いつものようにライアンとマーゴットがタコ焼きを食べていた。
「しかし、まさかリンゼイ老師が殺られるとは、思ってもいなかったな」
「あのお爺さんって、そんなに強かったの?」
マーゴットは、あまりリンゼイ老師のことを知らない。
「そりゃ、この世を創造した三神の一人なんだから強いだろう」
2人が話していると、なんだか見慣れた大男がやって来た。
「よう、元気そうだな」
「アンドロポプ!お前、生きてたのか?」
なんと、死んだと思われていたアンドロポプである。
「いやぁ、三枚におろされた時は、さすがに死ぬかと思ったけど、頑張ったら何とか再生できたな」
「凄いな、お前の再生能力は」
「今後は、お前の忠告どおり、あの小娘には関わらないようにするよ」
凶暴なアンドロポプも、さすがに懲りたようである。
「長生きしたけりゃ、そうする事だな」
「ちよっと、止めてよ!」
女性の嫌がる声がする。
ライアンが声のする方を見ると、マーゴットが若い男に絡まれていた。
「ええやん。俺と浪速歴史博物館に行こうや」
「嫌よ、なんでアンタと浪速の歴史を勉強しなくちゃいけないのよ」
小太郎が熱心に、マーゴットを口説いていた。
「また、こいつか」
ライアンは、あきれながらも
「お前、もうマーゴットのことは諦めろ。いつも一緒に居る娘にでも付き合ってもらえよ」
「嫌や!虎之助姉さんは、可愛いけど色気が無いんや。俺はこの姉ちゃんみたいなセクシーギャルがエエんや」
小太郎がゴネ出した。
「おい小僧、後ろを見てみろ」
アンドロポプが震えながら、小太郎の背後を指さした。
「誰が色気が無いのでござるか?」
そこには、なんと虎之助が立っている。
ーーあの凶暴で凶悪なアンドロポプが震えているーー
初めて見るアンドロポプの怯えように、ライアンは軽い驚きを感じた。
「あっ、姉さん。聞いて下さいよ、この姉ちゃんが、誘ってもデートに行ってくれないんですわ」
「そんな事より、さっき誰かの事を、色気が無いって言ってなかったでござるか?」
「そんなん、言うわけおまへんがな。なに言うてまんの姉さん」
と、しらを切る小太郎であったが
「こいつ、アンタの事を色気が無いって言ってたぜ」
あっけなく、アンドロポプにバラされてしまった。
「おい、アンドロポプ。この娘には関わるなって言ったろ!」
慌ててライアンが止めるが
「小太郎!それは本当でござるか?」
本気で虎之助は、怒っているようである。
「チッ!バレちゃ仕方ありまへんな。確かに言いましたよ、言いましたとも。それがどうかしはりましたか?色気が無いのは本当のことですやん!」
小太郎が開き直ると
「小太郎!貴様!!」
と、怒鳴り、虎之助は呪文を唱え出した。
「唐沢家忍術『地獄門』」
虎之助は忍術で公園内にドアを出現させた。
「この『どこでも地獄ドア』は『どこでもドア』に似ているが、行き先はすべて地獄でござる」
「なっ、なんと恐ろしいドアだ」
アンドロポプは、また震え出した。
「小太郎。貴様を、このドアにブチ込んで地獄へ落とすでござる!」
ーーアカン、マジで怒ってはる。逃げないと、姉さんに殺されるーー
「ひぃー!姉さん、許して下さい〜」
小太郎は全速力で逃げ出した。
「拙者から、逃げられると思っているでござるか!」
逃げる小太郎を、虎之助が追いかけて行く。
「だから、関わるなって言ったろ」
あきれながらライアンが言う。
「本当だ。とんでもなくヤバい娘だ」
アンドロポプが反省していると、向こうから、また顔見知りが2人やって来た。
「おーい。ライアン」
アーナブとマニッシュである。
「ええっ!お前らも生きてたのか?」
驚くライアン。
「いやぁ。あのプレアデス星人の殺人ビームを受けた時は、さすがに死ぬかと思ったけど、頑張ったら何とか再生できたよ」
「お前らの再生能力は凄いな」
「でも、リンゼイ老師は死んじゃったみたい。私たちこれからどうしよう?」
マニッシュは、今後の身の振り方を心配している。
「インドに帰ったら、リンゼイ老師を守れなかった責任を問われるだろうしな」
アーナブも思案している。
「アンタたち、もともと京都に行くんじゃなかったの?」
マーゴットが尋ねた。
「俺たち2人だけで京都はキツいな。鬼神や化物の様な転生者がゴロゴロ居るんだろ」
そうこう話していると、ボロボロになった小太郎が戻って来た。
「ホンマに殺されるかと思ったわ」
服が半分、焦げており、全身傷だらけである。
「あれっ、綺麗な姉ちゃんが増えてる。姉ちゃん、俺と相席スーパー銭湯に行かへんか?」
今度はマニッシュを口説き出した。
「そんな変なトコ行かないわよ」
露骨に嫌がるマニッシュ。
「よせよ。マニッシュが嫌がってるじゃないか」
アーナブが、とめに入る。
「なんや、お前。この姉ちゃんの彼氏か?」
小太郎は女の事となると、すぐに喧嘩ごしになる。
「彼氏じゃないけど、嫌がってるじゃないか。それに、あの娘はもう良いのかよ」
「姉さんは上手く、まいて来たから大丈夫や。お前ら、姉さんが何でバカみたいに強いのか教えたろか」
なぜか、小太郎は偉そうである。
「なんでだ?」
関わるなと言われていたが、つい興味を持ってしまったアンドロポプは聞いてしまった。
「馬鹿やからや!馬鹿やからバカみたいに強いんや」
「おい小僧。後ろを見てみろ」
震えながら、アンドロポプは小太郎の後ろを指さした。またしても、すぐ後ろに虎之助が立っている。
「小太郎!今から、お前を殺すでござる!」
虎之助は小太郎の首を掴むと、『どこでも地獄ドア』に押し込んだ。
「クソっ!俺は一人では死ねへんで。姉さんも道連れや」
小太郎は両手で虎之助の左手を握ると、おもいっきり引っ張った。
「こら、離すでござる」
虎之助と小太郎は揉み合いながら、2人とも『どこでも地獄ドア』の向こう側に引きずり込まれて行った。
「地獄は嫌でござる〜」
虎之助の叫び声が遠のいて行く。
パタン!
ドアが閉まり『どこでも地獄ドア』は、フッと消えた。
「あいつら死んだのかな?」
「たぶんな」
アンドロポプとライアンは、あきれて顔を見合わせるのであった。
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