第2話 左近の登場でござる
文字数 4,089文字
DSPの宿舎に戻ると、小太郎が虎之助の弟分のように「姉さん」と呼んで付きまとって来た。
「拙者は、お主の姉ではないでござる」
虎之助は、あまり嬉しくない、といった顔をしながら、お昼ご飯を食べている。
岩法師は、2人に関心がない素振りで食事をしているが、やはり虎之助には興味があるようで、チラチラとようすを見ている。
別室では、安倍顧問と桜田刑事が話し合っていた。
「あの娘は、いったい何者だ。さっきの鬼は腕の再生速度からして上級の中でもAクラスだぞ」
「彼女の素性を疑っているのですか?」
「たしかに、我が安倍一族は、初代様が現代に鬼が復活することを予言されて以来、強者たちを転生させてきたが、彼女のようなケースは初めてだからな」
「性別が変わってるし、戦闘能力も高すぎますね」
「そうだ、彼女は安倍一族以外の者に転生されてきた可能性もある。正体が判明するまで、目を離さないようにしてくれよ」
「わかりました」
「あと、左近が復帰する」
「いつですか?」
「明日だ」
DSPの宿舎の前に、男が立っていた。
背が高く均整のとれた精悍な顔立ちをしており、身体は筋肉質でスキの無い雰囲気をかもし出している。
「イテっ!」
いきなり若い女性が、ぶつかってきた。
「姉さん、それはアカンって言ってますやん!」
聞き覚えのある声だ。
「あっ、左近さん。もう怪我は良いんですか?」
「小太郎か。この娘は何だ?」
虎之助は、口にソーセージパンをくわえて、両手にも1つづつ持っている。
「姉さん、俺の分はあげますから、岩法師さんの分は返して下さいよ」
「モグモグ、嫌でござる」
そのまま娘と小太郎は、走り去って行った。
「なんだ、あいつら」
左近が宿舎に入ると、岩法師が珍しくふくれている。
「よう!岩法師」
「左近か、ケガは治ったのか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。それより、さっきの娘は何だ?」
「新しい転生者だ。もとは忍者だったらしく、見かけによらず、かなりの手練だ」
ーー手練。そういえば、あの見え貼りの小太郎が、姉さんと呼んでいたなーー
「前世では、そうとう食べ物に苦労したようで、小太郎と拙僧の分まで朝飯を取って逃げた」
「手練のわりには、やることがセコいな」
「だが、油断はならん。やつは我らと何かが違う」
「そうか?俺には、ただの食い意地がはった娘にしか見えんが。キツネは何と言っている?」
「キツネにも奴の正体は、わからんそうだ。もともと忍者というものは、自分の正体を明かしたりはせん、影の存在だからな」
キツネとは、岩法師の式神で能力は博識である。他にも岩法師には情報収集担当のヤモリという式神もいる。
「みんな出動よ」
昼時に、桜田刑事が駆け込んできた。
「鬼による殺人事件よ!」
声を聞いて、転生者がみんな集まってくる。
「どこですか現場は?」
左近が、たずねた。
「中央区よ。安倍顧問が車で待っているから、みんな乗ってちょうだい」
左近を先頭に岩法師、小太郎と続いて車にのりこむ。
「虎之助はどうしたの?」
「姉さんは食事中やから、後から行くと言うてはります」
「あのバカ娘!場所もわからないクセに、後から来れるはずないでしょ!」
桜田刑事が、めずらしく怒鳴っている。
「しかたない。私が、あのバカとミニパトで追いかけるから、先に行ってて下さい」
桜田刑事は怒りながら車から降りて、宿舎に戻っていく。
「しょうがない、先に行っとくか」
安倍顧問は、残りのメンバーと現場に向かうことにした。
一行は、現場であるオフィスビルの一室に着くと、室内を調べ始めた。
床には、大量の血痕があるが死体は見当たらない。
「死体が無いということは、鬼に食われたのでしょうか?」
左近の問に
「そのようだ」
と、安倍顧問が答えた。
「ヤモリが、鬼はまだ、この付近にいると言っています」
岩法師の式神であるヤモリは、鬼の匂いや気配には敏感である。
左近は用心して刀に手をかけた。
小太郎も、左近の真似をして刀に手をかけている。
「まずい、囲まれています。鬼は複数いる」
岩法師が大声で伝える。
「なんだと。では、この血痕は罠か?」
安倍顧問が、そう言うと、皆に緊張が走った。
桜田刑事が宿舎の食堂に入ると、虎之助が美味しそうに、カツカレーを食べているところであった。
「虎之助!なにしてるの、みんなもう現場に向かったわよ!」
「このカレーという物は、さすが天竺『印度』の食べ物でござるな。とても美味しいでござるよ」
「そんなの鬼を倒したら、いくらでも食べれるから早く来るのよ」
「これを食べてから行くでござる」
「なにバカな事いってんの!」
桜田刑事は、ブチ切れて虎之助の襟元を掴むと、食堂から引きずり出そうとした。
「カレーが、まだ残っているでござる」
「そんなの、どうでも良いのよ。命令違反は磔獄門よ」
「ひいっ!それは嫌でござる。行くでござる」
虎之助は桜田刑事に脅されて、しぶしぶミニパトで現場に向かうことになった。
待ち伏せしていた鬼の数は、6人と予想していたよりも多かった。
ほとんどの鬼は、細く短めの金棒を持っている。細いといっても鬼の力で振り下されると、常人であれば一撃で絶命するであろう。
そんな相手が6人いっせいに、安倍顧問たちに襲いかかった。
左近と小太郎は刀で鬼の腕を切り落とし、一時的にでも鬼の戦闘能力を落とすことに専念している。
岩法師は、本来であれば薙刀で戦うのであるが、せまい室内では数珠を拳に巻き付けての打撃しかできない。
安倍顧問が、なにやら呪文を唱えながら御札を取り出し、戦闘に長けた天狗の式神を呼び出して鬼に向かわせると、たちまちオフィスビル内にある、この部屋は修羅場と化した。
安倍顧問たちが死闘を繰りひろげている内に、桜田刑事と虎之助は、やっとオフィスビルの前に到着した。
「アンタのせいで、遅れたじゃない」
桜田刑事は、かなり不機嫌である。
「あの男たちから、殺気を感じるでござる」
10人ほどのスーツを着た男たちが、目的のオフィスビルに入って行くのが見える。
虎之助は勝手に車を降りて、男たちを追いかけて行ってしまった。
「ちょっと、待ちなさい虎之助!まだ車を止めてないから」
桜田刑事は、あわてて車を駐車場に向けた。
鬼たちは、安倍顧問の式神である天狗に手を焼いており、攻めあぐねいていた。
「こやつら、思った以上にやりおるわ」
と、鬼の一人が言うと。
「かまわん、計画どおりだ。われらは時間を稼げばいいのだ」
他の鬼が、小声でつぶやく。
戦いながらも、左近は鬼の動きに不安を感じていた。
「安倍さん、こいつらもしかして、ここで我らを足止めして、なにか企んでいるように見えますが」
「たしかに。ここに長居するとマズそうだな、一旦退却するか」
4人は鬼の攻撃を避けながら部屋から出ようとしたが、鬼が出口をふさぐように陣取っており、出ることができない。
ーーバカめ、もうすぐ我らの戦闘部隊が到着する。貴様ら転生者を抹殺するために呼んだ特殊部隊だーー
鬼の一人は、ほくそ笑んだ。
「こいつら、出口を塞ぐように戦っとるで」
小太郎も、焦って来ている。
「全員、殺さないと、ここから出られないという訳か」
安倍顧問は、大型の拳銃を取り出すと、鬼たちを撃ち始めた。
再生能力のある鬼に拳銃は、あまり効果は無いが、脳や心臓に当たれば再生するまでに、少しは時間が稼げる。
しかし、意外にも心臓に命中したはずの鬼も、平然と向かって来る。
「クソっ!こいつら、鬼のくせに防弾服を着てやがる」
鬼も自分たちの弱点は、わかっており、最近では防弾仕様の服を着ている事がある。
以前は、鬼に対して一般の警察官や自衛隊が対処していたが、鬼に対して殺傷能力のある武器は、破壊力が大きすぎて街中では、むやみに使用できない。
鬼もそのことを承知しており、普段は人間の姿をして暮らして、都会を中心に活動している。
街中で、いきなりバズーカをぶっ放すような無茶ができないことは鬼もわかっているので、拳銃対策を重点的に行うようになった。
「こりゃ、ハメられましたな」
岩法師も焦っている。
カチャ!
ドアが開く音がした。
鬼たちは、予定通り戦闘部隊が到着したと思い喜んだ。
が、しかし
「遅れて申し訳ないでござる」
と、若い娘が入ってきた。
「虎之助、気をつけろ。これは罠だ!」
安倍顧問が注意する。
「罠なんか無いでござるよ」
「いや、鬼の増援部隊が来るはずだ。ゆだんするな」
「増援の鬼たちは、みんな外で死んでるから来ないでござる。さっさとこいつらを片付けて、カレーを食べるでござる」
そのやり取りを聞いていた鬼たちは、顔面蒼白になった。
ーーまさか、10人もの戦闘部隊が全滅したのか、これは非常にまずいーー
「退却だ!」
鬼たちは、いっせいに逃げ出した。
すかさず、左近と小太郎が追って斬りかかる。
岩法師は、ゆっくりと後を追いかけて行く。
安倍顧問が廊下に出てみると、10体ほどの首を切り落とされた鬼の死体が転がっていた。
「お前が殺ったのか?」
ふり返って虎之助に確認する。
「拙者が来た時には、もう死んでたでござる」
「虎之助!」
怒鳴りながら桜田刑事がやって来たが、おびただしい数の鬼の死体を見て
「こんなに鬼がいたのですか。みなさん無事ですか?」
と、心配し始めた。
「だいじょうぶ、みんな無事だ。それに、ここに転がっている鬼どもは、我われが殺ったのではない」
「では、まさか虎之助が?」
「本人は知らんと言ってる。いくら虎之助でも短時間で10人の鬼の始末は無理だろう」
「そうですよね。左近君でも、3人の鬼と戦って倒しはしたけど、自分も重症で入院しちゃったし」
「転生者で一番腕の立つ左近でも、単独では、それが限界だ」
安倍顧問と話している内に、左近たちが戻って来た。
「すいません、一人とり逃がしてしまいました」
「やつら、逃げ足が早くて」
左近と小太郎は、申し訳なさそうにしている。
ゆっくりと、岩法師も戻って来た。
「今回は仕方ない。あとは処理班に任せて署に戻ろう」
謎は残ったものの、安倍顧問は、全員に引き上げを指示した。
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