第23話 阿部仲麻呂が登場でござる
文字数 2,845文字
虎之助たちは、岩法師に鰻屋に連れて来てもらっていた。
「やっぱり、うな重は美味いでんなぁ」
小太郎は上機嫌で鰻を食べている。
「これは、浜松産でござるな。とても美味しいでござる」
虎之助も機嫌良く食べている。
「鰻が美味いのは良いが、あのチャッピーを、なんとかしないとな」
狂四郎が、チャッピー対策を真面目に考えていると
「ところで狂四郎。お前、クリスマスは桜田刑事とデートするんか?」
と、唐突に小太郎が聞いて来た。
「何のことだ?俺は別に、桜田刑事と付き合ってる訳じゃないぞ」
「いや、お前らは付き合ってるやろ」
「まだ、付き合ってねえよ」
「まだ、っていうことは、これから付き合うんやろ?」
「そんなの、わかんねえよ」
「狂四郎は阿呆だから、意地悪の桜田とお似合いでござる」
「俺はアホじゃねえよ。それに、桜田刑事のことを悪く言うんじゃねぇ」
「姉さん、他人の恋人の悪口を言ったらダメですやん」
「だから、まだ恋人じゃ無いって言ってるだろ!」
「おい、お前たち。喧嘩するなら店の外でやれ」
大声での言い争いになって来たので、岩法師に注意されてしまった。
「すんまへん」
「すいません」
小太郎と狂四郎が謝った。
「狂四郎は気が短いから、困るでござる」
「虎之助も皆と仲良くするんだぞ」
「わかってるでござるよ。拙者の他人に対する思いやりの心は、タスマニアデビルの赤ちゃんもビックリして、とも食いを始めるレベルでござる」
「さすがは、姉さん。優しいでんなぁ」
虎之助と小太郎は、ゲラゲラ笑いだした。
ーーなにが面白いのか、さっぱり分からんが、とりあえず仲良くしてるので、これで良しとするかーー
半分、あきれながらも岩法師は満足するのであった。
その頃、火星では
封印してあった壺から、500年ぶりに『太陽系暗黒大魔王』が復活していた。
「アンタは、誰でチュか?」
と言う、タコ四十郎の問に
「ワスは助清というでヤンス。よろしくでヤンス」
やや背が低く華奢な体型で、黒縁の眼鏡をかけた、昭和初期の日本のサラリーマンのような姿をした男が答えた。
「助清さんでチュか。僕はタコ四十郎です、こちらにこそ、よろしくでチュー」
「それでアンタは、ここで何をしてたんでヤンスか?」
「酔っ払ってしまい、自分の家と間違えて、お酒を探していたでチュ」
「酒なら、この棚にいくらでも有るでヤンス」
助清は棚から何本かの酒瓶を取り出し、タコ四十郎の前に置いた。
「あんな所に酒があったんでチュね。でも、どうしてアンタは酒の在り処を知ってるのでチュか?」
「ここはワスの家だったでヤンス。久しぶりなんで、かなり様子が変わってるでヤンスが」
「そうだったんでチュか。では、とりあえず乾杯でチュ」
という訳で、2人は夜通し飲み続けるのであった。
「お父タマ」
「ううっ、飲み過ぎて頭が痛いでヤンス」
「お父タマ、どうして壺から出て来たのぉ」
いつの間にか、まわりに人だかりが出来ており、娘のパクチーも居るではないか。
「ああ、パクチーでヤンスか。昨夜のタコは?」
「そこで、まだ寝てますけど」
体格の良い男が指さす先に、タコ四十郎が酒瓶を抱えたまま寝ている。
「君は誰でヤンスか?見たところ、火星人では無いようだが」
「私は地球人の銅鬼といいます、訳あって火星に居るのです。アナタが『太陽系暗黒大魔王』ですか?」
「みんなそう呼ぶでヤンスが、本名は助清でヤンス」
「お父タマ、まだ休んでなくて良いのぉ?」
パクチーが心配そうに声をかける。
「そうだな、だいぶ傷も癒えたし、もう大丈夫だと思うでヤンス」
「傷というと怪我でもされてたのですか?」
気になって、銅鬼は、たずねた。
「太陽神アトゥム率いる光の軍団と、ワスを中心とした闇の軍勢が太陽系の覇権をかけて3000千年間戦っていたのでヤンス。その時に負った傷がやっと治ったようでヤンス」
ーーこの一見、平凡なサラリーマンのような男が、そんなスケールの大きな戦いをしていたのかーー
「そうだったのですか。我々は、やっと『山田タコ王朝』を倒した所なんですよ」
「じゃ、もう『山田タコ王朝』は無いんでヤンスか?」
「お父タマは、戦争で傷を負って弱っているところを『山田タコ1世』に封印されてしまったの」
「元々は、ワスが明石海峡から連れて来たタコが火星で繁殖したのが、今の火星人なんでヤンス。しかし、山田タコ一族には見事に裏切られたでヤンス」
「はぁ、そうなんですか」
銅鬼たちが、戸惑っていると
「君は、なぜかワスと同じ闇の匂いがするでヤンス」
と、助清に指摘された。
「実は私は、鬼なんですよ」
「なるほど、君も闇の者でヤンスか。じゃ、一緒に太陽神アトゥムを倒そうでヤンス」
「そのアトゥムという奴は、どこに居るのですか?」
「太陽神だから、太陽のエネルギーが届く所でヤンス」
「えらい広範囲ですね」
「奴は、この太陽系の支配者でヤンスから」
「お父タマ。また怪我するから、争いごとはやめて欲しいですぅ」
パクチーは心配している。
「それもそうでヤンスね」
助清は、意外とあっさり諦めた。
「止めるんですか?」
「パクチーも心配してるし、危ないことは止めて、タコ焼き屋でも開いて暮らすでヤンス」
『太陽系暗黒大魔王』こと助清は、太陽系征服の野望を、あっさりと捨てた。
「あれが阿部仲麻呂の屋敷か」
大伴警部には、決して近づくなと言われていた左近であったが、どうしても気になって、ここに来てしまった。
「確かに、なにか居る気配を感じる」
飛鳥に来て以来、陰陽師の修行を続けている左近には、この屋敷から、ただならぬ霊気を感じた。
危険だとは分かっていながらも、左近は屋敷の扉を開けて中に入って行く。
古めかしい家具と食器がキチンと整理されており、埃ひとつ無い清潔な家である。
内装に見入っていると、不意に背後から気配を感じた。
振り向くと、いつの間にか男がいる。
「この屋敷に客人とは、何百年ぶりかのぉ」
「アンタが阿部仲麻呂か?」
「かつては、そう呼ばれていたな。まあ、お茶でも飲んで行きなさい」
お茶を用意しながら、その男は言った。
左近が黙っていると。
「君の望みは、分かっている」
「えっ?」
「私は、君がこの飛鳥に来た時から、ずっと見ていた」
お茶を飲みながら、黙って左近は聞いている。
「君の望みは、誰よりも強くなる事のようだな」
ーーなぜ、この男は俺の望みを知ってるんだ?ーー
「だが、あまり強くなり過ぎると、大切な物を失う事になるが、それでも良いのかね?」
「私は転生者です、失う物などありません」
「そうでは無い。君には大切な仲間や、強く健全な精神と肉体を持っている」
「そう言われると、そうかも知れません」
「それらを、失ってでも強くなりたいのであれば、また此処に来なさい。その時は君に協力しよう」
ーー言われた通り、俺にはまだ大切な物があった。武芸者として強さを追い求めて来たが、捨てきれない物もあるーー
左近が少しの間考えていると、いつの間にか男は屋敷ごと消えており、普段の飛鳥の風景に戻っていた。
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