第146話

文字数 1,115文字

 掃除の場所が同じなら、そこで山田さんと話ができそうだと思っていた龍太だった。しかし山田さんの班が昇降口で龍太たちは階段の担当だった。龍太のいる二組は二階から三階を割り当てられており、昇降口のある一階には用がなかった。篠山さんと河田さんが真面目にテキパキと進めてしまうので、龍太は手持ち無沙汰気味に手すりの水拭きをした。昭は女子が箒で集めたゴミを捨て場に運ぶくらいしか仕事をしなかった。
 五時間目の前になって龍太も焦り始めた。そんな風に意識してしまうと、話題一つもどうしていいか分からなくなっていた。机は接していないが隣の席にいる相手に話かけられないなんてどうかしている。龍太自身もそう思っていた時、井崎さんがやってきた。もちろん井崎さんは山田さんと話をし始めたのだが、その井崎さんが龍太に話を振ってきた。
「黒木君、昨日、自転車あったね」
 やはり気付かれていた。咄嗟に山田さんの顔を見た。山田さんは焦ったり、戸惑ったりはしていないように見えた。
「ああ、うん……」龍太は山田さんの反応を伺いながら返事をした。
「陽子も楽しんだんでしょ?」
 井崎さんがそう言うと、流石に山田さんの頬も少し紅くなったように見えた。
「じゅ、塾のこと、いろいろ聞けたから」
 と山田さんが答えた時、前の席にいる篠山さんがこちらに目を向けて来たが、話には加わって来なかった。
「まあ、よかった、ということね」そう言って井崎さんは自分の席へと戻っていった。山田さんと目が合ったが、すぐにチャイムが鳴ってしまった。授業中に河田さんがチラチラと龍太、もしかすると山田さんに目をやっているのが分かって落ち着かなかった。
 五時間目が終わって、山田さんが龍太に小声で話しかけて来た。
「悠子に聞かれたから、来てたこと正直に言っちゃった。ダメだった?」
 今この瞬間も右にいる河田さんが耳を傾けているのが分かる。いやきっと、このクラスの多くに注目されてしまっているような気がした。
「隠す必要はない、よね」
 山田さんは笑顔で「よかった」と答えた。
 帰りの会が終わると河田さんと篠山さんが一緒に「バイバイ」とわざわざ龍太に声をかけて帰っていった。篠山さんは電車に乗って塾に通っているので、学校に残ることはほとんどない。集合と言っていた吾郎、洋一郎も龍太に近付いてはこなかった。
 教師が使う机の前にある窓際の席には、五人ほどの女子が固まっていた。鈴原さん達のグループだ。そこに昭と孝弘が混じっていくのが見えた。何事か、楽しそうに騒ぎ始めた。彼らはこちらの方を見ていないようだったのでネタにされているのではないと思うが、あまりいい気持ちはしなかった。それもあって山田さんと二人で廊下に出た。
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