第108話

文字数 1,104文字

 吾郎の席は廊下側の一番後ろだった。隣は小島さん。先週まで龍太と同じ班にいた、漫画を描いて楽しんでいるちょっと暗めな女子だ。吾郎はいろいろな女の子に合わせた行動がとれる、という才能がある。少なくとも龍太は吾郎のことをそう見ている。なにしろあの真面目一本の河田さんと二人で掃除をしていたくらいだ。普段はサボるのもうまいくせに。塾の休み時間になって、そんな吾郎が龍太に言う。
「いやあ今回、隣が小島さん、同じ班は久米と梶。梶はまあ、話せるけど、小島さんはなあ」
 梶裕美は龍太と同じく三年生の時に転校してきた。都心部からの引っ越し組だ。同じ都内からの転校だからか、以前の学校の子たちとの付き合いも続いている。その分、話題が豊富で鈴原さんたちからも一目置かれているようだ。久米達也はサッカー少年で、電車に乗ってサッカーの練習に行っている。龍太はほとんど接点がない。
「龍太、この前まで、小島さんとどんな感じでやってたの?」
 吾郎からそんな質問を受けることが信じられない。
「うん? いや、別に……。まあ、俺がっていうか、土井さんと井崎さんがいたし……」
「ああ、そうか、土井優子ね。土井ならまだ話せる」
「え、吾郎お前、小島さん苦手なの? 女子なら誰でもオッケーかと思ってたよ」
「いや、それはないよ。まるで俺が女好きの変態みたいな言い方やめろって」
「ははは、ごめん。でも、吾郎が『さん』付けする女子、少ないよね」
「あっ、それな。どうも小島って、近寄りがたいから『さん』を付けてしまう」
「俺、そういうの各女子にバレるのが嫌だから全員『さん』付けする」
「ああ、なるほど。確かにな。逆に俺は、同じ理由で『さん』を付けないように努力している」
「でも小島さんは別格、と?」
「そうなってしまうな。直接呼ぶときは多分呼び捨てにするけど、相当難しい」
「なんだそれ? で、何が問題なの?」
「あの、自分の世界にどっぷりな感じ、っていうのかな。漫画、自分で描いてるよな?」
「で、土井さんに読んでもらってる」
「うえー、それ、俺苦手だ」
「多分、土井さんも描いてないかな」
「でも土井は、まだ話題がみえる」
 土井さんは小島さんと趣味が合うようだが、実は運動神経が良く、運動会のリレー選手にも選ばれていた。そういう点で目立つ部分があり、話題の幅も広がる。
「梶が小島さんとどう付き合うか次第で、うちの班が楽しくなるかどうかが変わる」
 確かに女子二人が作り出す雰囲気が班としてのそれを決める。少なくともかなりの部分がそこに依存するように思う。
「だからまあ、俺はあまり重要じゃないけど、でも俺は小島さんを嫌ったり無視したりするようなことはしない。でもなあ、うーん」
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